五時



寒い、と隣で愚痴をこぼす相手に、マフラーに顔をうずめたまま柳は自業自得だろう、と返す。
それもその筈だ、太陽はまだ登っていないこの時刻の気温が、ただでさえ寒い一月に上がる筈がない。
幸村は手をコートのポケットに突っこんだまま、寒い寒い、と繰り返し、それでも歩むスピードを緩めない。
その隣を柳もポケットに手をいれ、少しいつもよし背筋を曲げて歩く。

正月といえど住宅街は閑散としていた。
角松が各家の玄関に並び、しめ縄などいろいろなものが飾られている。
そんな住宅街の中を歩きなれた道順で、柳と幸村は歩いていた。

「寝ているかな」

三つ目の角を曲った時、寒い以外口にしなかった幸村は唐突にそうこぼした。
相手を気遣うような声色を滲ませてはいたが、その実は自分がこんな寒い時間に起きだし、出掛けたことを後悔しているに他ならない。
むしろ、俺が起きだしているのに寝ているなんて許さない、等と腹の内では思っているのかもしれないな、と柳はため息をついた。
まず、相手を気遣うような性質を彼が兼ね備えているのならばこんな時間に電話もせずに家に直接押し掛けるなんてことしないはずだった。
天上天下唯我独尊、まさしく幸村にふさわしい言葉だと思う。

「寝ていない筈がない」
「そうかなぁ」
「あいつの家の正月の朝は毎年六時起床で、挨拶して、書き初めだ」
「まるでストーカーだな、柳」
「・・・親友と言ってもらおうか」

苦々しく吐き捨てた柳に幸村は楽しそうに声をあげて笑った。
ぽっかりとした白い息が虚空に散る。

「でも不思議だな」
「何が」
「俺のほうがお前より付き合いが長いのに、お前のほうが真田のことを知っていることとか、俺が真田より先にお前を誘いに行ったこととか」
「単に相性の問題だろう」
「そうかなぁ」

まあどうでもいいか。
腑に落ちたわけではないようだったが、幸村は勝手に納得したのだろう、この話題を切り上げた。
それは同時に、目的地である真田の家に着いたからということも関係していたのだろう。
見上げた真田の家は静かに闇の中で眠りについていた。
柳が言ったとおり、どの部屋にも明かりはついていなかったし、人が起きている気配も零だ。
ほら、といえば、幸村はまた、このストーカーめ、と微笑した。

「柳」
「何だ」

「あけましておめでとう、今年もよろしく」
「どうした急に」
「俺たちは運命共同体だからな」



そういって、挑戦的に笑うと、幸村は大きく息を吸い込んだ。



お題配布元→待宵のアダム