1、 いつか見たときみの涙


「決勝で戦おうって約束したの誰だっけ」
「先に約束破ったのお前じゃねえか」
「俺ひとりだったら決勝行けてたよ」
「どういう理屈だよ、桃城にも神尾にも負けたくせに」

そこで呆れたように笑えば、あ、笑ったと、千石も破顔した。
夕日に照らされた道をラケットケースを背負いながら久しぶりに肩を並べて歩いていた。
こんなことはジュニア選抜以来かも知れないと、漠然と思った。
不本意で短くなった髪には風が抜け、何所か清々しい。
それは千石が笑い飛ばしてくれた所為かも知れない、一発横っ面をはたいてやったがそれで吹っ切れた気もする。

「まあ、どう繕ったって跡部くんも年下に負けた仲間じゃないの」
「それをいうな」

いいじゃん、お揃いでしょ。
そういって笑う千石にあの日桃城に負けて涙をこらえていた姿が重なった。
その時彼の気持ちを自分は理解してやれなかった、慰めることも。
それでも今ならわかる、今、彼が慰めようとしてくれていることも。
今思えば千石はいつも自分のことを応援してくれていた気がした、今まで気がつかなかったが。
そのことを気がつかなかったことに、今日だけは甘えていてもいいような気がした、不思議と。

「じゃあどうせだし、最強にダサい人決定戦しましょうか」
「あ〜ん?お前が俺に勝てると思ってんのか?」
「いや勝てるでしょ、だって俺が負けたのは二年だけど、跡部くんは一年生だよ?」
「てめえ」
「あはは」

そういって駆け出した背を追いながらこの下らない試合が終わったら礼の一つくらい言ってやろうとそう決める。
その時あいつがどんな顔をするか見ものだと一人ほくそ笑みながら。


いつだって自分の前にあった、これからもある色。




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2、 それは太陽にもていた


「真田は太陽みたいだと、時々思う」

最高気温が35度を軽く凌駕した真夏日だった。
あまりの暑さと部活後だからという理由で糖分を欲した幸村がコンビニで買ったアイスを食べながら徐に話し出した。
唐突な言葉に隣でペットボトルの水を飲んでいた柳は言葉の代わりに怪訝そうな視線を向ける。
それはそんな殊勝な発言を幸村がするわけがないという柳の独断と偏見に起因した視線だった。
それに幸村は悠然と微笑んで、ほんとうだよ、と返す。

「望んでもいないのに律儀に毎日空に上がって理不尽な熱気を振りまくだろう」

本当に鬱陶しい。

吐き捨てると幸村は溶けて雫を落としそうになっているアイスに舌を這わせる。
しかし凝固していくために必要な温度を維持できなくなったのだろう、次々と雫を落としそうになるそれにうんざりしたのだろうか、柄がほとんどべたべたになっているそれを柳に差し出すと、普段の速度で歩きだした。
一瞬どうすべきか逡巡し、それを歯で削り取りながらそれを追った。
水色の液体が、肘を伝って、焼けたアスファルトに落ちて、消えた。

「だが幸村」

前歯が冷たさに耐えきれなくなり、そして零れ続ける雫を諦めた柳は五歩先を行く幸村に呼びかける。
幸村はゆっくりと振り返る、濃紺の髪が揺れる。
その時見せたその表情に、ああ自明なのだな、とは分かった。
そして言うまでもなく、幸村は柳の言葉を継いだ。

「わかっているさ、それをもこめて、真田は太陽なんだ」

幸村は諦めたように、それでも幸せそうに笑う


仰いだ空にあるは、青の中それでも普遍的なを湛える、一つの光源体。







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3、 あまりにきれいな明け

「散歩に行かん?」

夜中の十二時に時計の針がさしかからんとした時に唐突に仁王から電話がかかってきた。
それはなにか、恒例行事と化しているそれで、そう問われたら柳生はいいですよとこたえることにしている。
自転車で片道三十分の海を見下ろせる高台へ歩いていく。
特に会話もせずに黙々と。
高台につくと適当なところに座ってじっと朝日を待つ。
仁王は木に凭れ、自分はベンチに座る事にしている。
そしてくだらない話をしながら、暇をつぶす。

「ねえ仁王くん、何で毎年こんな無駄なこと」

毎年、理由を尋ねるがちゃんと答えてもらったためしはない。
それでもなんとなく同じ気持ちなのだろうということはわかっていた。
わかっていた、それでもこれも形骸化した恒例行事だった、理由を尋ねる。

「さあ、ふざけんのも最後かもしれんからの」
「高校に上がる時もおんなじこと言ってましたよ」
「そうだったか?」
「ついでに一昨年も、去年も」

言葉に仁王は肩をすくめた。

「かわっとらんってことじゃろう、俺もお前も」
「そうですね」

でも変わらない保証はない。

そういって逃げてきただけかもしれないと柳生は思う。
そういって、お互いがいなくなった時に傷付かないように防衛しているだけなのだろう。
きっとそうなのだ、そしてきっと仁王もその事に気づいてはいる。
それでもきっと、変わらないで欲しいとは言えない。
そういった時に変わってしまわない保証はないのだ。
所詮は弱虫なのだろう、彼も自分も。

「柳生、夜が明ける」

声に顔を上げれば、水平線の向こうから太陽が顔を出そうとしていた。
濃紺の空に光が射す、色が変わっていく。

「なあ、柳生」
「なんですか」
「来年も同じ事しとったらどうする」
「さあ、取敢えず」

「変わらないですね、って笑ってあげますよ」

それでも永遠に見えた黒が光一つでこんなに色を変えてしまう事実に。
きっと不変な物などこの世にはないのだと、そう思わずにはいられない。
そしてそうであってほしいと、そう思うのだ。


不変を打ち消す、美しい夜明けの