graduations 08 mar ♯01 立海三強 「ああ、清々した」 夕暮れに染まるストリートのテニス場は夕日によって真っ赤に染め上げられていた。 その中央に寝転がる一人の影、長い影をひくボール。 そして傍らには筒が落ちていた、その中には今日、壇上で校長から手渡された、卒業証書が入っている。 それは幸村にとって、通過儀礼の証明でも何でもなく、ただ、学校というシステムから、同時に立海の名門の硬式テニス部からの解放を意味する、そんな紙きれだった。 制服のままコートに身を投げ出している幸村の手の中には六年間使われたテニスラケットがある。 そしてネットを挟んだ先には、六年間共にした仲間と、それ以上の時間共にしてきた仲間がいた。 真田弦一郎と、柳蓮二。 真田は苦笑しながら帽子を直した、その手にはラケットがある。 そして柳蓮二はコートの脇に立ち、ウォンバイ、精市、と笑う。 もう、テニスは大学では続けない、やめる。 そう幸村が、次は勝ちますから、そういった後輩に言ったのは一時間前だった。 そういった直後のメンバーの顔は酷いものだった。 まさか、あの幸村が。 他人に興味がない、仁王や柳生でさえ驚いたように幸村を見ていた。 幸村は自分のことを勝ちに執着する生き物だと承知している。 ただ、結果が欲しかった。 賞状でも、何でもいい、とにかく結果としてそこに存在する物を、幸村は求めた。 それこそが幸村にとって価値のあるもので、全てだった。 しかし気がついてしまった、あの試合で、己が求めていたものが、酷く重量を持っていたことに。 身動きすら許さぬものとして、己に絡みついていたことを。 そして忘れていたのだと知った、純粋にテニスを楽しんでいた時期があったことを。 三人の中で泥だらけになりながら誰が強いかに納得がいかず何十何百と試合をした。 雑誌にあった大技の解説を見ながら、日が暮れるまで誰が一番それらしくできるか、思考錯誤した。 負けたら泣いた、勝ったら笑った。 勝敗に固執してはいた、それでもたくさん笑った、あの日々があったことを。 その日に戻るだけだ、 卒業式がもたらした、自分が最強立海大附属の部長という肩書からの追放によって。 学校の体裁の為に勝つためのテニスではない、自分が勝つための、そんなテニスに回帰する、それだけだ。 たったそれだけの、話だ。 「真田」 「なんだ」 「柳」 「どうした」 「明日もテニスをしよう、明後日もその次の日も、その先も」 「三人で」 夕日の中三人は。 まるで、帰る時間を忘れ、夕暮れまで遊ぶ、少年のような表情で。 笑う。 「テニスが好きだ」 #01 原 点回帰する子供達 ------------------------------------------------------------------ ♯02 仁王雅治×柳生比呂士 仁王は別に幸村や真田のように、テニスという競技に執着している訳ではない。 ただ、黄色い球を追いかけ、ラケットで打ち返すだけだと思っている。 たしかにその過程はとても面白いと思える競技ではある、それでも彼らのように、仁王はその競技自体にもむしろ勝敗にすら執着はしていなかった。 何故テニスを続けているのだろう。 その疑問が初めて去来したのは青学との決勝戦のコートで、幸村が、一年相手に苦戦している姿を見た時だった。 彼は勝つためにテニスを続けている、楽しいとかそういう次元ではなく、だ。 ところがどうして自分がテニスを続けているのか、それを己に問いかけても仁王の中からは言葉は帰ってこない。 楽しいでもない、立海にあるまじきことなのだろうが、勝つため、でもない。 それを、卒業式の帰り道、柳生に問いかけた。 柳生は医者の家の子だった、親に医者になる様に言い聞かされている、同時にその障害になりかねないテニスを辞めろと何度も言われているのを仁王は知っている。 それでも柳生はやめない、やめないで済むように勉強をして親を黙らせている。 しかし本来的に言えばこの男も仁王同様、テニスという競技に執着するタイプでも、往々にして負けず嫌いではあるが、勝敗に頓着する方でもない、しかし彼はテニスを続けている。 だから問いかけてみた、しかし想像どおり、柳生は一瞬驚いたように眼鏡の奥の瞳を開き、頸をひねった。 「さあ、どうしてでしょうね」 「わからんのか、自分のことなんに」 「じゃああなたはどうなんです」 「分からんから聞いたんよ」 仁王の言葉に柳生は一瞬眉根を深く寄せ、そうですね、と言葉を詰まらせた。 まっすぐの柳生の視線を追えば夕日に照らされた帰路、5の影法師が地面に縫いつけられてそこにあった。 二つは長く、その間の一つは短い。 その後ろをつく二つの影法師はじゃれるようにしてそこにある。 そして後の二つは今自分たちの後ろに縫いとめられているはずだ。 それを見て、仁王は僅か口角が緩むのを感じた、そして同時に気配を感じ、右を見れば、同様に柳生はまっすぐと五つの影を追いながら口角を持ち上げていた。 「多分好きなんです」 「何が」 「こうやってみんなとテニスをすることが」 楽しそうに、柳生は眼鏡の奥の双眸を細めた。 メガネのフレームに光がかかり、赤い光を弾く。 酷く優しい顔をしている、そんな柳生を見て、珍しい表情だと、思う。 「俺とじゃないん」 「まさか、それとも仁王くん、そんな殊勝な言葉を期待しているんですか」 「いや、そんなん虫唾が走る」 そういえば柳生も笑った。 少し口角を持ち上げるようにして嘲るように笑う、それは仁王しか知らない、紳士ではない柳生の表情である。 本気で勝ちを狙いに行く、その中で少し低い温度で。 ただ、それは遊びの延長に近い、それくらいの感覚ではあるが。 「ああ、でもこれは秘密にしておいた方がいいかもしれないですね」 「そうやね、幸村たちに言ったらそんな半端な覚悟でテニスをするなとか言われそうじゃ」 卒業しても共に在れるその意味と幸福に。 仁王と柳生は、思わず笑う。 #02 幸 福の在り処 |