※未来。御石 いっしょうせいしゅん 青春ときらめき 「見に来てくれてありがとう」 降ってきた声に顔を上げる。すればそこには夕日を背負い、楽しそうに笑う男の顔があった。 御堂筋と石垣がいるのは野球グラウンドの外野席だった。 甲子園に向けた代表を決める県大会。その二回戦。 そんな畑違いな競技の、しかも高校生の試合を見に来たのはただ単に高校教師をしている石垣にせがまれたからだ。 『今年、野球部の顧問になってな。御堂筋が帰国している間に県大会があるから応援に来てくれん』 そういって手を合わせられたら御堂筋だって無下にはできない。仕方なく御堂筋は自転車で流して走るついでに球場に足を運んだのだった。 あまり縁のない筈の野球部の顧問に、球技が得意だからという理由だけで抜擢された石垣はこの夏に向けて、ずっと毎日練習を見てきたらしい。 腕も、顔も前に見た時に比べると焼けて、どこか精悍さが増して見える。 そして今日の試合の内容に満足をしているのか、どこか晴れ晴れとした表情をしていた。 その表情に御堂筋は既視感を覚え、目を細める。 「ええ試合やったんやないの」 御堂筋の隣に座った石垣に声をかける。 御堂筋はあまり野球のルールには明るくない。 だから技術的なことはよくわからない、だがそれ以外のことであればわかることがある。 チームの団結力や、個人のやる気、勝利への執着心。そういったものだ。 それが石垣の顧問をしているチームは酷く抜きん出ていた。だから、単純に御堂筋はいいチームだとそう思ったのだった。 「ありがとう」 「何やキミが前、うまくいっとらん言うてたから冷やかしてやろうと思っとったけどできひんよ」 「はは、そんなことも言うたなあ」 『キャプテンと副キャプテンが仲悪くてなあ、大変なんや』 一度だけ、酔った石垣からそんな内容の電話がかかってきたことがある。 その時彼が言っていたのは元々キャプテン候補だった副キャプテンを差し置いて現キャプテンがキャプテンとして先輩たちに選出されてしまったため、二人の間に軋轢が生じているということだった。 現キャプテンであるピッチャーの生徒はよく投げてくれる。しかし、野球はいくらピッチャーが頑張ってくれても野手が得点を取らなくては勝てない競技だ。 そんな野手を引っ張る四番バッターの副キャプテン。彼がキャプテンに対して非協力的なのだという。 会話のない二人をどうにかしようと間に入っても見たが彼にも彼の言い分があり、なかなか譲ってくれない。それ故にうまくいかないのだというそんな話だった。 その時は石垣は一方的に愚痴を吐きかけて、気がすんだのか御堂筋の返答を待たずして電話を切ってしまったのだが。 石垣は目を細めながら試合が終わって整備中のグラウンドに視線を向ける。 そしてしばらくじっとその光景を眺めた後、小さく、大切そうに言葉をつむいだ。 「なんか、あいつら見とると昔のことをよく思い出すんや」 「昔」 「高校三年の時や。オレも、御堂筋とよう衝突しとったやろ。お前の言葉が先輩に対するものではない、チームメイトをあんなふうに扱うのはどうかと思うとか、そんなことしたらみんな体壊すとか」 「いうとったねえ」 正論と正義。それが彼の武器だといってよかっただろう。 石垣は御堂筋に対して真っ向勝負を挑んできた。キャプテンとしての矜持をもって。しかし、石垣と御堂筋の間には何も生まれなかったのだ。ただ、亀裂が横たわり続けただけだった。 石垣はぎゅっと手を握りこんだ。 そしてゆっくりと息を吐きながら続ける。 「あの時、オレはずっと不安やった。どうなるかようわからんで、出口のない迷路に迷い込んだような気になって苛立っとった。苛立ちや嫌悪感が先だって客観的になれんかった。すごく主観的でお前の気持ちとか考えとか思いを巡らせようともせんかった」 「ふうん」 「でもインタハーイで仕方なくお前と向き合うことになって、今思えばあの時間は必要やったってそう思うんよ」 「ふうん」 「逃げずに向き合ってよかったと思う。だってそれがなかったらこうやって今一緒におらんやろ」 あの時の葛藤も、逡巡も。 どこか腑に落ちた感覚も。 御堂筋という人間の本気さを、真剣さを、自転車に対する情熱を。 精神の強さを、そして脆さを。 そこに芽生えた憧れと、尊敬を。 「だから、オレは言ったんや。ちゃんと話し合いせえって。喧嘩してもええし、最終的に分かり合えへんかもしれん。でも逆に分かり合うことやってできるかもしれんよって」 「……」 「オレも学生時代、許せん後輩がおったし、卒業したら一緒にいることなんて絶対にないと思ってたけど、今一番の親友やってな」 「親友があんなことやこんなことするんか」 「それは言葉のあややろ」 それでも、だから今日、あいつらは勝てたんや。 石垣はそう、満足そうに笑った。 投打が噛み合った試合。 ピッチャーがしっかり守り、バッターが大量得点を奪う。 その中心でチームを鼓舞していた二人の存在。 彼らは笑っていた。 実際にそのうちにはたくさんの葛藤や、もしかしたら涙があったのかもしれない。 それでも、二人でしっかりと勝利を目指すことを選んだ。 それはまるであの夏の自分たちのように。 「青春やなあ」 石垣は、いう。 そんな石垣の夕日に照らされた横顔を眺めながら御堂筋は一瞬口を開きかけた。 しかし、その言葉をすんでのところで飲み込む。 (ほんと、キミって男は) 御堂筋も、石垣と同じだった。 石垣が嫌いだった。 何でも持っていて、何でもできた。 自分のように全てを捨てなくても何でも手にできる男が。 嫌いだった。 だから彼の人格を無視し、ただ道具として使ってやろうとそう思った。 反発している石垣のプライドをへし折って、使い捨ててやろうとそう思った しかし、あの夏の道の上で御堂筋は気付いてしまった。 あの男が自分と同じものを見ていたことに。 そして背中を押してくれたことに。 そのことに気が付いた瞬間、御堂筋の世界には光が差した。 あの感覚を御堂筋は今でも覚えている。 そして、今も。 隣を見れば笑顔の男が座っている。 その頬に刺しているのはあの時とは違う、赤い光だ。 それでもその表情はあの時と変わらない。 そして自分はこれからも抱いて生きていく。おそらくずっと。 あの青春の日を、そこで出会った光と。 「ファー、キモ」 「?なんか言うたか」 「なんも」 それこそ、さいごまで。 material:Sky Ruins |