※学生時代。御←石←辻




言葉にする、それが大問題だ







君の眼差し








「石やん」

喧騒に満ちた、放課後の教室だった。
部活を引退したばかりの三年生の教室は受験への緊張感よりも、まだ部活を引退したことに対する手持無沙汰な感じが勝っているらしい。
すぐに次週に取り掛かるのでも、塾に行くでもなく、のんびりと喋っている生徒の方が多い。
そんな中、周囲の様子は気にせず、辻は教室を横切る。
そして窓際の席でぼんやりと座っている男に声をかければ、彼は不思議そうな顔で振り返った。
彼は視界に辻のことを捉えると、なんだと言わんばかりにやんわりと、笑って見せる。

「何や、辻やんか。どうしたん」
「どうしたって。今日参考書、買いに行くんやなかったか」
「ああ、そうやった」

男―石垣は忘れてたといった風に照れ笑いをすると、鞄に荷物を詰めはじめた。
電子辞書、英語の教科書、自分のクラスでも配られた明日の宿題のプリント。
それらを片付けながら帰り支度をする石垣を横目に、窓に視線を向けると、少しカーテンが開いているのがわかった。
それに、辻は首を傾げる。

この時期はまだ日光が強い。
その為、教室の窓にはカーテンが引かれることが多い。
特に午後は、日が強いし、暑いしでカーテンが開いていることはほとんどないと言っても過言ではないだろう。
カーテンが明けられている瞬間。
それはどうしても空気を通したいとき、天気を確認したいとき。もしくは誰かの姿をそこから探す時くらいだろうか。

(あ、)

と、そこまで考えたところで唐突に腑に落ちた。
校舎のの構造。今の時間帯。ここの窓から見える景色。そして彼の最近の行動。
そこからはじき出される結論。すれば彼が見ていたものは自明だった。

(御堂筋か)

春。自分たちの部活に現れた一人の後輩。
自分達の作り上げてきた部活をぶち壊し、そして支配した男。
その男のことを石垣は最近、ずっと視線で追っていた。
そしてそこにこもっている感情も、辻には嫌という程に分かっている。
彼がそのことに対して自覚的なのかは知らない。それでも目につくくらいには顕著だった。

『最近、御堂筋のこと、よう見とるな』

そう、聞いてしまえば、もっと言えば揶揄をしてしまえばいいのだとわかってはいた。
それでもそうしなかったのは、その事実を肯定されるのが嫌だったからだった。
というのも、彼が御堂筋に向けている感情と同じものを、辻は石垣に対して向けているからだった。
あの眼差しの先にいる男のことを、彼にはどこまでも「後輩を心配している」そんな風に自分に言い聞かせておきたかったのだ。

(自分も大概やなあ)

準備できた、いこうか?そういった石垣にそうだな、と返しながら辻は踵を返した。


◇ ◇ ◇


時々、視線を感じる。
それはどこかの選手が自分に向けてくるような突き刺すようなものでもなければ、明らかな嫌悪の感情でもない。
じりじりとした、そういうなれば焦れるような熱い視線だった。

(熱い)

その視線が誰からのものか。
それはとっくにわかっていた。
時期はそう、夏が終わったころからだったか。
時々、首筋に感じるようになったそれ。
初めはかつてと同じような敵意の感情かと思っていたが、それもどうも違うらしいと気が付いたのは、ふとその人物と目が合った瞬間だった。

戸惑ったように。
逃れるように恥じ入るように。
そっと、逸らされた視線。
そこに映った感情は、恐らく今まで御堂筋が一度もむけられたことも、もっと言えば目の当たりにしたことがないもので。

御堂筋は手を持ち上げ、首筋に添わせる。
しかし、そこに何が付いているわけでもなく、明らかな熱もない。
すればこの熱はどこから、湧いてきているのだろうか。
あの視線が熱を孕んでいるのか、それとも。

(キモすぎやろ、なあ)

御堂筋は一つ、舌打ちをする。

(言いたいことがあるんなら、はよ言えばええ)

すればこの苛立ちからも解放されるだろうに。
御堂筋はそんなことを思いながら焦れる首筋をそっと、撫でた。











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