※高校〜大学生




「あれ?」
石垣の言葉に、井原と辻は不思議そうな顔をしながら振り返った。








パジャマ姿








「適当に着とって」

風呂に入っている石垣に御堂筋はそう声をかけると、脱衣所のとこに手に持っていたジャージ類を放り出した。
おおきに。
そんな石垣の声を背に御堂筋は自室に戻る。

夏も終り、秋も深まってきた土曜日だった。
部活の練習が終わり、ミーティングが終わった後、学校から少し離れた橋で石垣と待ち合わせて、真っ暗になるくらいまで自転車を走らせた。
少し高低差があるコースを、じっくりと二人で走る。
それが夏が終わって暫くして―平たく言えば御堂筋と石垣は付き合い始めてから変わらない習慣となっている。
尤も、石垣は受験生の為、流石に毎週というわけではない。
練習が終わって携帯を見て、そこに何の連絡がなかったとき。御堂筋は他の部員が通らない通学路上に続く道へとハンドルを切るのだった。
その道の先には、いつもの通りに石垣が嬉しそうに笑いながら立っているのが常だ。

御堂筋のオーダ通りに、石垣と御堂筋は自転車を走らせる。
真夏の炎天下だろうが、小雨がぱらつく日だろうが関係なく、石垣と御堂筋は同じ道を走った。
時に、全速力で、時に流す様に。
じっくりと走った後は、そのまま解散することもあればコンビニか何かによってアイスを食べることもある。
ファーストフード店やファミレスに寄って晩御飯を食べることもある。
そして時々、そのまま石垣が御堂筋の家に泊まりに来ることも。

彼が泊まりに来るようになったきっかけは、今日と同じように二人で自転車に乗っていた時にゲリラ豪雨に見舞われ、お互いに全身ずぶぬれになった夏の日に遡る。

丁度濡れた地点から近かったから。そんな理由で御堂筋は石垣を家に誘った。
シャワーを浴びて、ウェアを乾かして、雨が止んだら帰ればいい。
石垣もそのつもりでいた筈だ。
しかし、そんな思惑はある人物によって打ち砕かれてしまった。

『あら、翔くんの部活の部長さん?翔くんがお友達連れてくるなんてはじめてやわあ、ゆっくりしてってな。ご飯も食べていくやろ?雨もやまんし、泊まっていけばええよ』

半ば強引に。
久屋のおばに引き留められて、そのまま風呂場に押し込められた石垣は、おばに進められるがままに晩御飯を食べ、食事中は御堂筋の学校での様子を質問攻めにされ、御堂筋の部屋に押し込められた。
おばのはしゃぎように閉口した御堂筋だったが、石垣はいつもより嬉しそうに、「ええおばさんやんか」と笑っていた。
それからというもの、おばは石垣と出かけるとわかると「部長さん連れておいで」と口酸っぱく言うため、ときどき石垣は御堂筋の家に泊まりに来るようになったのだった。

(まったく、おばさんも石垣くんも、お人よしや)

御堂筋はため息を吐くと、ごろりと自分のベッドに体を横たえた。
隣には石垣の寝る客用の布団が出されている。
ここ数日はいきなり気温が落ちたため、夜はひんやりと冷え、半袖ではもう涼しい季節に入っている。
それを見越してだろう、おばは石垣用に少し薄手の羽毛の布団も出してくれていた。
もう、石垣と出会って二つの季節が終わり、三つ目の季節も半ばに差し掛かってきている。 この季節が終わって、冬も終わったら―そんなことを考えている時だった。

「御堂筋、お先」

声に、御堂筋はのっそりと瞼を持ち上げる。
すればそこには石垣の顔があった。
ちゃんと乾かしていないのだろう、石垣の髪はまだ湿っており、いつもあげている前髪は額にかかっており、いつもより幼く見える。
しかし、そんなことなどどうでもいいくらいの光景が目の前にはあった。
ぽかん、と御堂筋にしては珍しい呆けた顔をしながら石垣を見つめていると、石垣は御堂筋のそんな視線に気付いたのだろう、その視線の先を探り、そして困ったように笑った。

「お前、ほんま手足長いんやね」

めっちゃあまっとる。
石垣はそういうと指先しか出ていない手をひらひらと振った。
その言葉通り、彼が今着ているジャージは完全に彼の体のサイズにあっていなかった。
それもそのはずだ。石垣と御堂筋の身長差は十センチくらいしか違わないが、如何せん腕と足の長さが違う。
御堂筋はジャージ関して言えば、腕と足の長さに合わせて購入するため、どうしても大きめのジャージになってしまう。
それを石垣が―平均的な腕と足の長さであり、十センチ違う彼からすれば下手したら二サイズ程サイズが違うかもしれない―着たらどうなるかなど、想像に難くない。
しかもその視覚的な効果により、石垣はいつもより幾分小さく、弱い存在に見えた。
いつも先輩ぶって、大人ぶって接してくる石垣が。

御堂筋は舌打ちをする。
今までは気付かなかった。というのも、夏の間はTシャツに短パンを貸しており、それに関してはあまり腕や足の長さといった要素よりは、肩幅や腰回りが優先されるため。、サイズ感はぴったりだったのだ。
しかし一転、リーチ差に置き換えるとこんなにも違うとは。

「石垣くん」

突如、自分より小さく弱く見える存在へと印象を転じた石垣に感じた衝動。
それを抑え切れず、御堂筋は石垣に手を伸ばす。
そして、そのままその腕を強引に引き、自分が寝ころんでいるベッドに引き込んだ。

「な、どうしたん」
「黙っとき」

突然なことに驚く石垣を御堂筋は抱きしめる。

(守ってやらんとあかんのやろうなあ)

しかしその思いは喉につかえて、言葉にならなくて。
御堂筋はただただ腕に込める力を強めることしかできなかった。


◇ ◇ ◇


「どうしたん?石やん」

二人の視線に石垣は我に返り、なんでもないと笑った。

大学に入り、一人暮らしを始めた井原の家。
そこに三人で集まっていた。
引越しするから手伝いをして欲しい。そんな井原の申し出に、久し振りに会えるからと思い、辻と石垣は彼の家に駆けつけた。
引越しの手伝いをし、片付けも済んで、落ち着いて時計を見たら既に二十二時を回っており、めんどくさいから泊まっていくかと話しをし、しかし着替えを持ってきていないからとさっきしまったばかりの洋服ダンスからジャージを取りだしたのがついさっき。
そしてそれを着たところで、石垣は「あれ?」と声を上げてしまったのだった。

「汚れとる?虫に食われとった?」
「いや、だからなんでもないんやって」
「臭かったんやないか」
「辻、オレやっておこるよ!」

そういって喧嘩を始める二人に石垣は苦笑しながら、ピッタリとジャージにフィットしている自分の手首をみた。

(御堂筋ってやっぱり大きいんやなあ)

御堂筋のジャージをこの冬の間、ずっと着ていた。
自分も大きい方だと思っていたがあの規格外の男のジャージを着た時に愕然としたのだった。
自分が後輩で、自分よりも不安定だと思っていた男が、自分より明らかに大きくたくましいことに。
勿論、あの腕の長さがそれを強調しているのだということは分かっている。しかし。

(守られとる、気になるんよなあ)

男の癖に、そんなふうに思うから絶対に言わないけれど。

石垣は少し、幸せな気持ちになりながらまだいい合いをしている二人の方に向き直った。













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