※プロと社会人 いつもは違う道の上を走っていても 日焼け 「石垣くん、変なところまで日焼けしとるね」 久し振りに走りに行こうや。 御堂筋から誘いが来たのは昨日、金曜日の夜のことだった。 明日、朝六時。気温が上がりきる前に出発。 半分命令じみたメール。 それに彼らしいと思いつつも、同時に石垣は正直辟易をした。 というのも石垣は普通の社会人で、平日は朝早くから夜遅くまで働きづめなのだ。休みの日くらいは昼過ぎまで眠りたい。 しかし、そうはいってもあの御堂筋が―それに最近は活動拠点を海外に置いており、あまり会うことすら敵わない彼が―誘ってきたということはそんな石垣の面倒くさいと思う気持ちさえ簡単に跳ね除けてしまうのだから存外自分も簡単だ。 その為、石垣は間髪いれずわかったと短く返信をして、部屋の隅でほこりをかぶっていたアンカーを引きずり出してきたのだった。 ウェアはタンスの奥に大学時代に来ていたものが眠っている。靴も靴箱の隅で所在無げにしていた。 それらをどこか懐かしい気持ちで準備して、目覚まし時計を三種類くらい―それは会社に行く時よりも明らかに多い量だった―をセットして、なんとか五時に目を覚ますことができた。 どうせ汗でぐしゃぐしゃになるのだと髪の毛はほとんど寝癖のままで家を飛び出し、コンビニでペットボトルを買って、おにぎりを腹に収めて、約束通りに指定された公園前の道路に辿り着く。 すれば既に来ていた御堂筋はそんな石垣を見て首を傾げたのだった。 「変?」 「腕」 「腕?」 石垣は、石垣の言葉に面倒くさそうに腕を持ち上げた御堂筋が指差した先―己の腕へと視線を向ける。 すればそこには綺麗に日焼けをした腕と、そして肘を越えたあたりからくっきりと白く色を変えた二の腕が半袖のウェアから覗いている。 普段、家に帰ったらすぐに寝てしまうし、最近は休日出勤も込んでおり明るい日の下で自分の腕を見ることなどほとんどないため気付かなかった。 一瞬石垣はそのコントラストに驚きつつも、苦笑する。 「ああ、これは仕事で焼けたんや」 「仕事?」 「そうや、いまちょうどクールビスやろ。袖ここまでまくってな、毎日車運転しとったらな」 意外と車って窓大きいやろ、腕にめっちゃもろに陽があたるんや。 それに梅雨も明けて毎日かんかん照りやから一気に焼けたんやろうな。 ここなんて時計の跡がくっきりのこっとる。めっちゃかっこ悪いわ。 そう説明のために一気にまくしたてる。 すれば石垣の言葉に御堂筋は少し不機嫌そうにふうんと返した。 「なんや、なんか気に入らんこと言うたか」 「別にィ」 「ただ、キミとボクは違う道をはしっとるんやなあって思っただけや」 少し拗ねたような物言いをする御堂筋に石垣は一瞬驚く。 確かに、と石垣は思う。 高校時代は一年間、同じ道の上を走った。 大学に入って学校が分かれてしまっても石垣は自転車を続けていたからおんなじような日焼け跡が刻まれていた。 しかし、彼が大学の途中で海外に行ってしまって、石垣は石垣で会社に入ってしまえば完全にフィールドは隔たれてしまう。 その上、夏の間は自転車はシーズンと言ってもよく、彼が日本に帰ってくることなどほとんどなかったため、そんな違いに気付くこともなかった。 一緒にいる。だから同じ道の上を走っているような気になっていた。 しかし、その実お互いのいる世界も歩む道だって全く違うのだ。 「そうやな」 「……」 「仕事も全然違うしな」 「……」 「活躍しとるフィールドも全然違うからな」 「……」 それでも。 「今日は、一緒やろ」 な、そういって御堂筋の顔を覗き込む。 御堂筋のその大きな双眸には笑顔の石垣が映っている。 どれくらいそうしただろうか。 すれば御堂筋は小さく舌打ちをすると石垣から目を逸らせた。そして苦々しく、眉を顰める。 「キミ、ほんまキモい。キモ過ぎやろ」 「相変わらず失礼な奴やなあ」 「失礼ィ?失礼でもなんでもないやろ。ファー流石営業さんやね。そうやって丸めこまれるお客さんが可哀想や」 「酷いなあ」 「まあええわ」 御堂筋はそういうとひらりと彼の愛車、デ・ローザに跨る。 そして彼は肩越しに振り返るとにやり、と舌を出しながら不敵に笑う。 「オーダー変更や、石垣くん。今日は夕暮れまで走るよ」 言葉と同時に彼はペダルを強く踏み込んだ。途端、走り出す銀色の車体。それが昇りかけの太陽の光を受けて鈍く光るのを見て石垣は目を細める。 そして同じくペダルを踏み込みながら、風のように走り出した背中に声を張った。 「お手柔らかに頼むよ、御堂筋」 さて今日も暑くなりそうだ。 じりじりと焦がす様に熱を発する太陽の光を背中に受けながら石垣はゆったりと笑った。 ---------------------------------- きっと夜にはお揃いの日焼け度合い。 半分私のフェチです。お粗末様でした! material:Sky Ruins |