※学生時代。御←石




季節は巡る。
そう、自分を置いて。














蝉が鳴いている。

なかなか沈まない太陽。
嬲るような熱い風。
熱く焼けたアスファルト。
青々とした葉を並べる田園。
夏休みで人のいない帰り道。

まだ、季節は正しく夏だった。

その景色の中を石垣は自分の愛車であるアンカーで走っている。
しかし流すように走っているわけではなかった。
それこそ全力で、これ以上ない速さで。

部活の後で体は疲れているはずだった。
それでも石垣の自転車は最高速度で風を切り裂いていく。
ごうごう、と風が耳元でなって煩い。

なぜこんなスピードで走っているのだろう、と石垣は半分麻痺した頭で思う。
しかしそんなものは考えるまでもない。それは今日自分が目にした光景に起因しているのだ。

「水田くぅん」

インターハイが終わり、引退をした石垣は今日、久々に三年三人で部活に顔を出した。
後輩たちは驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。
そんなことを思いながら部室の扉を開けた瞬間。
御堂筋が、手に持っているノートを水田に差しだしている光景が石垣の目に飛び込んできた。
山口や水田や他の後輩が先輩達だと、少しざわめいている中、御堂筋は石垣たちに一瞥もくれず、水田の手にそれを押し付ける。

「これ今日のメニューやから。ザク共に準備させておいて。それくらいできるやろ」
「え。あ、はい。分かりました」
「時間も勿体ないしボク、先に少し走ってくるわ」

御堂筋はそういうと、部室のドアのほうに歩いて来る。
しかし、何も三年生に―そして石垣に声をかけることもなく、三人の横をすり抜けて外へと出ていった。
石垣は驚いて、御堂筋の背中を視線で追う。
だが、御堂筋は振り返ることもしなかった。もっと言ってしまえば。

(あいつの目には、オレ達はうつっとらんかった)

その瞬間。
置いて行かれるのだと、石垣は悟った。
自分は置いて行かれる、この夏に。御堂筋の一年目の夏に。
それもそうだ。石垣は来年、御堂筋と走ることは無い。どうしても、世界がひっくり返っても、来年の夏に自分はいない。
だから、それは正しい行為だ。
彼は進まなくてはいけない、来年へ、その先の未来へと。
すれば、もういらないものになど心を砕く必要もない。置いて行けばいいのだ。過ぎ行く季節の中に。
そして皮肉なことに彼に進み続けることを焚き付けたのも、間違いなく自分だった。それは分かっている。それでも。

そう思った瞬間、石垣の体の中を冷たいものが駆け抜ける。
喉が渇き、肌に鳥肌が立つ。そしてじわりと額に―。

反射的に石垣はブレーキを握っていた。
鋭い音を立てて停車する車体。慣性の法則に従ってつんのめりそうになる身体。
だが、なんとかその車体は進むのをやめ、動きを止めた。
石垣は深く息を吐くと、ハンドルに両腕を乗せて顔を伏せる。
運動を辞めたことで途端噴き出してくる汗が、頬や髪を伝ってアスファルトに墜ちる。そして灰色の跡を残し、そしてすぐに消えた。
ぽたぽたと間断なく落ちては消える、その雫を眺めながら石垣は小さく呟く。

「暑い中全力で走ったからや」

この心臓の速さも、滴る汗も、手の中に滲む汗も。
間違っても、彼に置いて行かれることに対して何か、感情が揺さぶられたわけではない。
そんなことあってはいけないのだ。
だって、それは正しいことで。
彼は前に進み続けなくてはいけないのだから。

「あいつには未来があるんやから」

その未来につれていくのは、自分ではない以上。
この亡骸は、この夏において行くのが正しいのだ。


だから、「嫌だ」と思った気持なんか。錯覚以外の何物であっても困る。


蝉が鳴いている。

なかなか沈まない太陽。
嬲るような熱い風。
熱く焼けたアスファルト。
青々とした葉を並べる田園。
夏休みで人のいない帰り道。

まだ、季節は正しく夏だった。

それでも。
終わってしまった夏の中で石垣はただただ、次の季節へと走り去ったあの背中を見送っていた。



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欠席しましたが文字書きさん誰もいなかったので遅刻参加。













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