※学生時代。付き合っている御石




むかしむかしあるところに?







キス待ち








「だぁからやめとけいうたやろ」

御堂筋はそう毒づくと背中に背負っていた石垣を白いベットの上にゆっくりと下ろした。
何とか仰向けにして、布団を掛けてやる。
そして御堂筋は傍のパイプ椅子に腰を下ろした。

白いカーテンで仕切られた保健室には二人以外誰もいなかった。
いつも保健室に常駐している女の保健の養護教諭はおそらく今職員室に行き、電話を掛けているはずだ。
というのも御堂筋の隣で暢気に眠っている男が自転車から落車し、頭を打ったのかは知らないが一瞬意識を飛ばしているからだった。

『多分、大丈夫だと思うんだけど念のために保健室に運んで寝かしておきましょう。その間に先生は親御さんに連絡を取るから』

石垣が学校近くのカーブで落車をし、そのあと動かなかくなったのを心配した水田が真っ青な顔をして連れてきた養護教諭は石垣のことを看るとそう言って御堂筋のことを見上げた。
そこには一番体格のいい貴方が運ぶんでしょう、といった意味合いが込められており、御堂筋は仕方なくその視線に従い石垣を背負うと保健室まで運んだのだった。
石垣はそんなに体格のいい方ではなかったがそれでもずっと自転車をやっているだけあり、筋肉はしっかりと付いているし、骨も頑丈なのだろう取り敢えず重い。
それに加え、御堂筋自身、自転車以外はからきしである。重くて意識を失って支えるべき重心を掴みにくいものを持つなど、正直苦手だった。
しかしそうも言っていられない。だから一生懸命に運んでやったのだが。

「ファーキミの所為でボク、今日の練習のための体力使い切ってしまったやないの。キミィがアホみたいな意地張るからやよ」

事の発端は、石垣の言葉だった。
『お前あのインハイ、オレが切り離した後、どうやってあのカーブ曲がったん?』
最高速度のまま曲がるには石垣がお荷物だということは事前に説明済みであり、それを石垣も了解をしていたが、今後も自転車を続けるために知っておきたいとでも思ったのだろうか。
そんなことを聞いてきた石垣に御堂筋はふん、と鼻を鳴らした。
そしてこういったのだった。
『キミィには絶対できん。やからやめときぃ』
御堂筋としては、それは石垣を馬鹿にした言葉でもなんでもなく、御堂筋のカーブのきり方は一瞬の迷いや躊躇で怪我に繋がるからやめておけという意味だったのだが、御堂筋の言い方が悪かったのだろうかその言葉はプライドの高い石垣の自尊心を痛く傷つけたらしい。
石垣はオレにもできる!と言い張ってアンカーに跨った。そして起きたのが先刻の惨事だ。
地面に叩きつけられた石垣の体。そして赤いアンカー。
そしてそのまま動かなくなった石垣。
それに流石の御堂筋も肝を冷やしたのだった。

「キミ、受験生やないんか。自分の体が資本やろ。下らんことで怪我してどうするん」

なあ、そういって石垣の方を見るがやはり石垣は眠り込んでいる。
御堂筋は深くため息を吐くとパイプ椅子から立ち上がり、石垣の顔を覗き込む。
そして右手を石垣の額に伸ばした。
落車の所為だろうか、御堂筋の背中にぐったりと体重をかけていたからだろうか落ちていた前髪を御堂筋はそっとかきあげてやる。
石垣の顔色は特に悪くもなく、苦悶の表情も浮かんでいない。それに柄にもなく安堵する。

「キミがおらんようなったら困るんや。もう少し自覚せえ、このザク」

額から指先を滑らせ、頬を辿る。
途中、頬にあった擦過傷を指の甲で撫であげると、小指が唇に触れた。
薄く開いたそこからは呼気が規則的に当たる。
暫くその熱を感じてから御堂筋は相変わらず暢気に眠る石垣にもう一度、ため息を吐いた。
そして石垣の左頬の隣に手をつくと、石垣になあ、と声をかける。

「石垣くんはボクのアシストやろ。はよ眼を覚ましてボクのこと、全力で引き」

そう、御堂筋はいうと石垣の上にその長い背中を屈めた。


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ばたん、扉が閉まり、ぺたぺたという独特の足音が去るのを待ってから石垣は目を開けた。
心臓がバクバクと音を立てて、頭の中に反響する。そして強かに打ち付けたところがじんじんと響いた。
身体にはジャージで守られていたとはいえ、所々擦過傷や打ち身があり、正直痛い。
しかし、今の石垣にとってそんなことはどうでもよかった。

「あかんわ、反則やろあんなん」

実を言えば、御堂筋が石垣を保健室に担ぎ込み、ベッドに降ろした時には石垣は意識を取り戻していた。
しかし、どうやって、どのタイミングで起きたことを伝えようかとそんなことを思っているうちに御堂筋が独り言なのかわからないが喋りだして、余計にそのタイミングを逸してしまったのだ。
尤も、それが自分の愚かさを罵倒する言葉だったら、「ほんま悪かったなあ!」とでもいって起き上がってやったのだが、想像以上にその言葉が真剣で、優しかったため、それなら最後まで。そんな風に思ったのだったが。

あんなに優しい声を出す御堂筋のことを知らない。
あんなに優しく自分に触れる御堂筋のことを知らない。
あんなに優しく自分に―――。

(ほんま堪忍してや・・・)

寝たふりをして想定外に起きた出来事に。
石垣はもう一度気を失いそうになりながらゆっくりと息を吐いた。




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図らずともキス待ちになっちゃった石垣くんのお話でした!
お粗末様でした!!












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