※学生時代。付き合う前



さて、真相は何処にあるのでしょう?







昼休み








御堂筋は目の前の惨状にため息を吐いた。
昼休みの購買部はそこそこおいしいパンを売るということもあり、混むという話は聞いていたがここまでとは思っていなかった。
生徒数に対して購買部が小さいのも一因だろうし、短い昼休みを有効に使うために我先にとパンを求める生徒で溢れているのも一因だろう。
そこはさながら戦場の様相を呈している。
勿論綺麗にぴっしりと列をなすという概念は存在していない。
御堂筋はその光景を少し後ろから呆然と眺めている。
御堂筋の昼ごはんと言えば久屋のおばが作ってくれる―もちろん義理の兄や妹のついでにだ―作ってくれる弁当だった。
しかし、今日は同居している祖父の調子が朝から悪く、おばはその看病から手が離せなかったため、五百円玉と共に、これで買って食べてなと眉を下げられてしまったのだった。
兄と妹はコンビニで買うとか言っていたが、御堂筋は折角だし学校の購買でパンを買ってみようとそう思ったのだったが。

(判断ミスやったなあ)

これなら買ってくればよかった、と御堂筋は口を歪める。
しかも一回学校にはいったら放課後になるまで基本的に校外への外出は禁止されている。
歩いて五分圏内にコンビニがあったはずだが、そこに行くこともできない。
かといってまさかこの人たちを押しのけるという労力をわざわざ使ってまでパンが欲しいわけでもない。
仕方ない、不本意だが鞄に入っているパワーバーでも食べるかと御堂筋は手の中の五百円玉を握りしめる。
そして踵を返そうとそう、思った瞬間だった。

「あれ、御堂筋何しとるん」

聞きなれた声に御堂筋は振り返る。
すればそこには石垣が友達と思しき男子生徒と手に弁当箱を下げながら立っていた。
彼は不思議そうな表情を浮かべながら御堂筋の顔を覗き込んだ。

「パン?珍しいやん」
「放っといてや」

ぷいと、そっぽを向くと石垣は苦笑した。
そして御堂筋の手に視線を向け、そこに何もないことを確認すると首を傾げる。

「なんや、御堂筋、まだ買ってないんか」
「キミには関係ないやろ」
「まあ、ここでパン買うんは慣れんと難しいからなあ」

ちょっとまっとき、石垣はそういうと連れの友人に断わってからするりと人混みの中に滑り込んでいった。
わいわいと群がっている生徒の間を石垣は鮮やかにすり抜け、あっという間に最前列に割り込んだ。
そしておばちゃんと少し言葉を交わすと、また同じようにして戻ってきた。
その手にはパンが二つ、掴まれていた。
何と鮮やかな手腕だろう。そうぼんやりと石垣のことを見ていると、彼は御堂筋の前に立ち、眉根をきゅ、と寄せた。

「すまん、御堂筋。メロンパンとクリームパンしかのこっとらんかった」
「・・・・・・」
「だから代わりにこれ食べ」

そういうと石垣は手に持っていた包みを御堂筋に突き出した。
突然のことに驚きつつも、御堂筋はそれを受け取る。
すればその拍子に手のなかから五百円玉が滑り落ち、床に当たって硬質な金属音を立てた。
御堂筋は手の中に納まった包みと石垣の方に交互に視線を向ける。
ずしりと確かな重量を持つそれは、確かに石垣のために彼の母親が用意した弁当である。
石垣の行動が理解できず、御堂筋は大仰に眉を顰めた。

「石垣くん、これキミのやろ」
「せやけど、だってお前メロンパンとクリームパンじゃ腹持ち悪いやろ」
「まぁたキミお得意の偽善?ほとほと反吐が出るわ」
「偽善やないよ」

石垣は優しく笑みを浮かべ、そして続けた。

「だって御堂筋、今日も部活やろ」
「それがどうしたん」
「だからエネルギー大事やろ。オレは塾行くだけやし、これで十分や」
「・・・・・・」
「安心しぃ、オレの母親の弁当、そこそこカロリーもあるし、美味いで」

練習頑張ってな、そういうと石垣は踵を返した。
彼は足早に歩を進め、少し先で怪訝そうにしている同級生に追いついた。
そして呆然としている御堂筋のことを置き去りにして、廊下の喧騒の中に、消えた。


* * *


二段になっている弁当の容器の蓋をあけるとそこにはオーソドックスなメニューが並んでいた。
大きな鶏のから揚げ、きんぴらごぼうにねぎの入った卵焼き。
アスパラガスのベーコン巻が辛うじて緑色のアクセントだ。
下段はぎっしりと白いご飯がつめられ、抗菌対策だろうか同じようにぎゅっと梅干しが押し込まれている。
そして別容器にはデザートとしてだろう、梨が入っていた。
御堂筋はそれらを次々に口に放り込む。
自分の家に比べたら少々味が濃い。それでもそれらは充分に美味しかった。
鶏のから揚げはジューシーで、しゃきしゃきのごぼうのきんぴらはピリと唐辛子が効いている。
アスパラとベーコンは塩味が絶妙だったし、卵焼きはふんわりとしていた。

自分の家の弁当が一番であることに変わりはないが、しかしこれはこれでおいしい。

御堂筋はそれらを全て胃に収めると、ふうと一つ息を吐いた。
体の中が満たされた感覚と、午前中に使い切ったカロリーがまた体の隅々まで満たされる感覚。
それをじっくりと味わうと、御堂筋は箸を箸箱にしまい、蓋を閉めようとした。

と、そこで御堂筋はあることに気付き、ぴたりと手を止めた。
そして、ぎゅ、と眉根を寄せる。

(ファーやられたわ)

御堂筋の目の前に空の弁当箱がある。
そう、それは石垣のものだ。
石垣が毎日弁当を持ってくるのに使っているもの。
そしてそれは間違っても、使い捨てのものではない。
ということは。

(返さんとあかんのんか)

御堂筋はインターハイが終わってからこちら、石垣という存在とは極力距離を置くようにしていた。
というのも石垣が自分の心をかき乱す存在だとわかっていたからだ。
インターハイで掛けられた言葉も、自分の中にこびりついていたし、あの男の干渉を許せば最後、御堂筋は恐らくあの男を捨てられなくなる、そんな予感がしていたのだ。
だから石垣からの連絡が来ても、それらを全て無視していた。
もちろん自分から連絡をすることもない。
そうやってできるだけ接点を、持つことを避けていた。
それなのに。

御堂筋は舌打ちをした。
これは間違いなく自分の不注意だ。
しかし受けた恩を仇で返せる程に御堂筋も性格が悪いわけではない。

御堂筋は憂鬱な気分のまま、今まで部活の連絡でしか使ったことのない石垣のメールアドレスを呼び出した。
そしてそこにタイトルも入れず、「明日返す」とだけ打ち込むと、乱暴に送信ボタンを押した。



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無償の愛で周囲に施しをする石垣くんもいいですが、そうとは悟らせず自分の策略を張る、ずるい石垣くんも好きです。











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