※学生時代御石



わかっている、っていったらなあ、お前はどうする?







すねる








「お疲れ様でした、お先失礼します」
「おう、ノブお疲れ」
「受験勉強、頑張ってくださいね」
「ありがとうな、頑張るよ」
「じゃあ、石やん、さき帰るよ」
「おう、アキヒサ明日の模試、頑張ろうな」
「今日の疲れだして寝坊するなよ」
「お前もな」

辻と水田が部室を出ていき、ばたん、と扉が閉まると部室には沈黙が満ちた。
部室にはあとは石垣と、御堂筋しか残っていない。
石垣はシャツのボタンを留め終ると、学ランに袖を通す。
石垣はちらりと隣に視線を送る。隣では御堂筋が同じように着替えていたが終始無言だった。
後輩たちが帰っていく時も、何の挨拶もしなかった。
だからといってこのまま沈黙のままにしておくのもなにか違う。そう思い御堂筋に対して石垣は言葉をかける。

「なあそれにしても、ノブユキ、速くなったなあ」
「・・・・・・」
「お前の練習がええんやろうな、キャプテンとしての自覚も出てきたみたいやし、ええことや」
「・・・・・・」
「アキヒサも今日はええ気分転換になったやろ、練習参加させてくれてありがとうな」

うんうんと頷いていると、バタン、と大きな音がした。
その音に驚いて顔を上げると、御堂筋がロッカーを力任せにしめた音だとわかる。
何事かと思っていると御堂筋の大きな双眸が石垣のことを捉えている。

「石垣くぅん?」

低い声が響いたと思った瞬間、石垣の方に長い腕が迫った。
それを避ける前に石垣の頬は大きく骨ばった御堂筋の手に捉えられ、そのままロッカーに押さえ付けられる。
がたん、と大きな音が狭い部室に反響し、次いでばさばさと何かがロッカーの中で墜ちる音。
恐らく置きっぱなしにされている教科書やら参考書の類が今の衝撃で崩れたのだろう。
そんなことを半分冷静な頭で考えながら石垣は御堂筋の方へと視線を向ける。
そこには普段感情の起伏が殆ど伺えない彼にしては珍しく酷く苛立った様子の―しかしそれでいてそんな自分に困惑をしているような様子の御堂筋の表情があった。

「御堂筋?」

尋常ではない御堂筋の様子に石垣はどうしたん?と頬を強く掴まれているため、発声しにくいままに問う。
すれば御堂筋は力を緩めることはなく、ぎりぎりと音がしそうなくらい強く石垣の頬を掴んだまま、吐き捨てるように単語を口にした。

「名前」
「名前?」
「水田くんと辻くんのことや」
「ノブユキとアキヒサのこと?ああ、オレ引退したし、好きなように呼ばせてもらうよ」
「そうやなくて」
「そうやない?」

いつもはっきりと言葉を口にする御堂筋にしてはどこか歯切れの悪い言葉に石垣は首を傾げる。
御堂筋はそんな石垣の反応にハァと大仰にため息を吐く。

「もうええわ、勝手にし」

御堂筋はそういうと石垣の頬を掴んでいた手を離し、くるりと踵を返した。
そして何もなかったかのように椅子の上に投げ出されていた鞄の整理を再開する。
石垣は呆然とその様子を眺めながら、御堂筋の突然の行動の意味について思考する。

(名前?)

確かに今日、練習の後部室の中で話している時にも石垣は水田と辻のことを「ノブユキ」「アキヒサ」と呼んだ。
それに水田は石垣さん、せめて御堂筋くんの前ではくん付けか番号呼びにせんと、と焦ったように耳打ちをしてきた。
そんな水田に、ああすまんすまん、と返したのだったが。

(呼び名がルールから外れている事ではなく?)

そこまで考えたところで、石垣はある可能性に思い当たる。
そして石垣は反射的に御堂筋の機嫌を直すことができるかもしれない言葉を思いつき、それを口にしようとした。
しかし、その言葉が唇から漏れ出す寸でのところでその言葉を飲み込み、小さく笑った。
自転車の事しか頭にない、純粋さの権化のような御堂筋。
ストイックで、そして妙に悟っているような、大人びているようなそんな彼に垣間見えた幼さのようなものに。
もっと言えば執着のようなその感情。
それを消すのは恐らく簡単だ。しかし、石垣はもう少し、その感情を見せて欲しいと、見ていたいとそう思ったのだった。
石垣はロッカーから背中をはがす。そして鞄のチャックを閉め、今にも部室を出ようとしている御堂筋の背中に言葉を投げた。

「御堂筋」

石垣の言葉に。
御堂筋は肩越しに振り返ると眉間に深く皺を刻み、恨めしげな眼で石垣のことを睨みつけた。



「ほんまにええ性格してるわ、石垣くん」



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ずっと、石垣が他の人はあだ名で呼んだりしたの名前で呼ぶのに御堂筋に対しては御堂筋としか呼ばないのに悶えていたので、その微妙な距離感について。













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