※学生時代→未来







うたたね








「御堂筋」

ゆるゆると肩をゆすられた。
遠征の帰りの特急電車の車内だった。
自転車で帰りたいとみんなで顧問に主張をしたが、今から帰ると高校生が補導される時間に引っかかるからと自転車だけ回収されてしまい、部員たちは仕方なく自転車での帰宅を余儀なくされた。
人気の少ない駅から乗ったため、車両のボックス席は京都伏見自転車競技部の生徒が占領していた。
途中で乗客がたくさん乗ったようだが、完全に寝入っていたため全く気が付かなかった。
周囲の部員もどうやら御堂筋の隣に座る男に起こされたようでぼんやりと手で目をこすっている。

「もう駅着くで」
「ふうん」

御堂筋は大きく欠伸をしながら男の方に視線を向ける。
すれば男―石垣光太郎は全く寝ていたとは思えないような溌剌とした表情でなんや?と首を傾げた。

「キミ、よう起きれたなあ。あんなに走らせたんや、疲れとるやろ」
「ああ、だってオレ寝てへんもん」

石垣はそういうと誇らしげに笑う。

「オレが寝たらみんな寝過ごすやろ。やからキャプテンとして起きとっただけや」

ほら降りるで、石垣は荷物を肩に掛けながら、笑った。


* * *


とん、と肩に重さを感じ、御堂筋は手元のスマートフォンに落していた視線を上げた。
何かと思い、隣を見れば、隣に座る男の頭が御堂筋の肩に乗っている。
肩口に顔を埋めるように頭を乗せている男の様子に、御堂筋は怪訝に思いながら顔を覗き込む。
顔色が特別悪いわけでもなく、彼はいつも明るい光を宿す目を瞼ですっかりと隠し、規則的な寝息を立てていた。
どうやら、ただ寝入っているだけらしい。
そんな石垣の姿に御堂筋は少し驚きながらもそっと、目を細める。

(珍しいこともあるもんやな)

石垣と数えきれない程に電車に乗ってきたが石垣がこうしてうたたねをする姿を見るのは初めてかもしれないと御堂筋はぼんやりと思った。

石垣は他人に弱みを見せるのが嫌いな人間だった。
正確に言えば石垣は自分がこうあるべきであると判断した役割を完璧に演じようとするところがある。
上司に対しては、完璧な部下を、同期に対しては頼れる同期像を、キャプテンをしていた時は同級生に対しては完璧なキャプテンを、下級生に対しては完璧な先輩を演じようとする。
特に、石垣のその傾向は御堂筋に対して特に顕著であり、御堂筋には後輩だからという意識が働くのかいつだって物分かりのいい大人のような振る舞いをするのが常だった。
我儘で自分勝手な御堂筋の事をしょうがない、といった様子で困ったような表情を浮かべてみたり、それに応じたり、咎めたりする。
しかし、御堂筋に対して石垣がわがままを言うこともなければ、海外生活を送る関係でほとんど会えないにもかかわらず御堂筋に対して寂しいといったような感情を見せることすらしないのだ。
それは日々の生活の中でも垣間見える。
石垣は御堂筋と飲みに行く時は前後不覚になるまで酒を飲むこともないし、泊まりに行けば自分より先に転寝をすることもないし、朝は自分より先に起きている。電車に乗るときだってそうだ。自分が寝たら目的地に辿り着けないと思っているのか、後輩である御堂筋に起こされるというシチュエーションを避けたいと思っているのか寝入ってしまうということもない。
その意識の根底には、先輩としてしっかりしなくてはいけないという彼の意志が透けて見えるのだ。

そんな石垣の行動を御堂筋は半ばあきれながら眺めていた。
というのも学生時代ならまだしもこの年になれば二年なんて言う年の差は取るに足らないことだと思っているからだ。
しかし石垣にとってはどうしてもこだわりたいポイントであることは変わりがないようで、否定しても仕方ないから触れないようにしてきたのだが。

(疲れてとるんかもしれんけど)

最近ばたばたしとってなあ、と石垣は言っていた。
新入社員が入ってきて指導係をしているとか、それでも業務量自体は変わってい無いようで慌ただしそうだ。
ふと思いついてもう家にいるだろうと思われた時間に電話をしたときもまだ会社だと声を顰められたこともある。
彼は疲れたとか、休みたいとか忙しいとかマイナスな言葉は使わない。
それでもその声が疲労を滲ませているのは流石の御堂筋でもわかっていた。
あるいは、それを彼は言い訳にするのかもしれない。
それでも。

御堂筋はため息を吐くと、石垣の頭が乗っていないほうの腕で石垣の肩を優しく叩いた。

「石垣くん、起きィ」
「ん」

石垣は緩い振動に睫毛を震わせると、のろのろと瞼を持ち上げた。
そして何度か緩慢な動作で瞬きをした後、今までの鈍さが嘘のような俊敏な動きで体を起こした。

「す、すまん。オレ、寝とったか」
「一瞬だけや。それにしても今までアホやとおもっとったんやけどキミ、意外と頭重いんやねえ」
「ほんとすまん」

石垣は眉を下げながら寝るつもりはなかったんだなど、必死に弁明をしている。
石垣の必死な弁明に御堂筋は適当な相槌を返しながら聞き流す。
そして心の内で小さく息を吐く。

(石垣くん。はよ、捨て。そんなくだらんプライドなんて。エースのプライドも簡単に捨てたんやからこっちやってそろそろ捨てられるやろ)

不器用な彼に辟易をしながら、それでも彼がはじめて見せたちいさな甘えのようなものに。
肩に感じた重さを思いながら御堂筋は彼に分からないようにこっそりと口角を持ち上げた。













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