フォロワーさんの一枚絵からお話を書く、というタグで書いたお話です。
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最強のエースとアシストが揃う夏。負けるはずなど、ない。





Plumeria






「髪、伸びたなあ」

するりと、こめかみのあたりを優しく、細い指が滑る。
その指は長く、しかし太陽に傷んだ髪をそっと集めて後ろへと連れて行った。
爪は当たらなかった。多くの大学生がそうであるように彼女も綺麗に爪を伸ばして着飾っていてもいいはずだが彼女の爪は綺麗に詰められている。
それが何よりも彼女がまだ同じ道の上にいるという証明だった。

愛おしむように、そして邪魔にならないようにという利便性を孕んだ理由で彼女は不器用ながらも自分の髪を集めていく。
それを御堂筋はただ、されるがままじっと座っていた。

辺りは喧騒に包まれている。
というのも、そこはレースのスタート地点だったからだ。
近くにはライバル校の選手や、仲間もたくさんいる。
その中の、京都伏見のブースの近くの車止めの所で御堂筋は石垣と一緒にいた。

石垣は御堂筋より二つ上の先輩だった。
二年半前。日本で一番。それを取るために入った高校。そこでエースを張っていたのがこの石垣だった。
笑顔と高く結い上げられたポニーテールが似合い、部活の中でも部活の外からも人望のある自分より少し小柄の先輩。
そんな石垣から、御堂筋は強引にエースの座を奪い取った。
石垣の性格と人望のおかげで、仲が良く団結力のあった部活だったが御堂筋の行動の所為でその一体感は損なわれてしまった。
そのことに対して石垣は初めは反発をしていた。
しかし、彼女は女子が得意とする陰口を叩いたり、マイナスな方でチームを団結させることもなく、ただまっすぐに御堂筋にぶつかってきた。
そして、最終的には御堂筋の実力を認め、今では姉のように優しく接してくれるようになっていた。
今日もそうだ。大学でのサークルの活動もあっただろうにこうして自分の応援のためにこの会場に足を運んでくれている。
それが全く自分らしくないとは思うが、確かに嬉しいとそう思うのだった。

御堂筋は自分の髪を優しく透く石垣の手の動きに目を細めながらも、このままではいつまでたっても進まない。そう思いなるべく苦々しく聞こえるように悪態をついた。

「そりゃあ、伸びるやろ。人間やし、生きとるんやから」
「そうやけど」
「やけど?」
「でも、やっぱりショックやったんよ」

そういうと石垣は少し、御堂筋の髪を掴んでいる手に力を込める。
頭皮が引っ張られる感覚に御堂筋は眉を顰めた。しかし、寸でのところで言葉を飲み込む。
泣きそうな、石垣の表情が目の前に過ぎったからだった。

それは二年前の大会のことだった。
二日目、御堂筋は石垣と二人、強豪の二チームのことを必死に追いかけていた。
急角度のカーブ。急勾配。落車ギリギリのデッドヒート。
体中が悲鳴をあげ、ばらばらになりそうな感覚の中。
肩で跳ねるくらいの長さの髪を振り乱し走った、御堂筋に石垣はこういったのだった。

『明日は、邪魔にならんよう、髪結ってあげるな』

そんな石垣の言葉に御堂筋はくだらない、そう返した。
石垣はそんな御堂筋に、もっとはよなるよ、そう笑った。

だが、その約束は果たされなかった。

その夜、今まで挫折を知らなかった御堂筋は三位という順位で終わったことに納得がいかずその髪を、持っていた鋏でバラバラに切ってしまったからだった。
少しでも風の抵抗を減らせるように。
身体が、軽くなるように。
女子にしては短すぎる髪になった御堂筋のことを見つけた時の石垣の表情は今でも鮮明に思い出すことができる。
そして彼女は初めてその時、御堂筋のことを怒ったのだった。
チームの為でも、自分の矜持の為でもない。ただ御堂筋のために。
もっと、自分の事を大切にしなさい、そう、涙を浮かべた目で。
その時、酷く驚いたのを御堂筋は覚えている。というのも、自分の事を考えて泣いてくれる人なんて今までいなかったからだ。
そこまで考え、御堂筋はため息を吐いた。
どうやら、柄にもなく緊張をしているらしい。昔のことを思い出してみたりなど自分らしくもない。
三年間最後というこの状況がそうさせるのか、それとも。
御堂筋は自分の中にわだかまる感情を吐き出すように口を開けると、声を発した。

「石垣くんウルサイ。無駄口叩かんとはよやってくれるぅ?」
「もうできるから―はい、できたよ」
「ふん」

きゅ、と絞り上げられる感覚と同時に彼女の手が自分から離れる。
その代りに御堂筋はその結び目に手をやった。
少し太めのしっかりとした髪ゴムが自分のいたんだ髪を束ねている。
確かにこれは邪魔にならなさそうだ。
と、そう思った瞬間だった。
ちくりと、指先に固いものが刺さる感覚。
それに御堂筋は首を傾げた。すれば彼女は満足そうに笑う。

「やっぱり、似合う。思った通りやわ」
「ファ―?なんなんこの飾り。邪魔やろ」
「邪魔とか言わんとって。ひまわりやよ」
「ひまわり?」
「うん」


「御堂筋、京都伏見の太陽やからな」


悪びれもせず、笑う彼女の笑顔に。
御堂筋はくらくらと眩暈を覚えた。
何をこの女は。太陽?それは自分なんかより彼女の方が何倍も―。

「…キモ」
「酷いなあ」
「よくそんな顔で恥ずかしいこと言えるなァ?」
「だってほんとやもん」

不満げに口を尖らせる石垣に御堂筋はため息を吐くと、のっそりと立ち上がった。
すれば頭の上で髪がゆらりと揺れる。
焼けたアスファルトに移った影。その影は二年前、ずっと自分の前にあったものと同じで。
御堂筋はこっそりと頬に弧を描く。



「石垣くん、髪結んでくれたお礼や。ボクの完全勝利みせたるから、ゴールの特等席で待っとき」



指を、空に翳す。
すれば揃いの髪の毛が、青い空に揺れた。









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