フォロワーさんの一枚絵からお話を書く、というタグで書いたお話です。
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暗転。世界が壊れた先で嗤うのは果たして。





カーテンコールの向こう側






「石垣さんは、御堂筋さんをどうしたいんですか」

久し振りにやってきた高校の部室に入り、買ってきたスポーツドリンクをベンチに置いた時だった。
がちゃりと、その部屋に入ってきたのは今年入部の一年生だった。
何度か会ったことがある彼はいつ会っても例外なく自転車に乗ってはいなかった。
マネジャーでマッサージ専門の人物。
そう、石垣は水田や山口に紹介されていた。
めっちゃマッサージうまいんですよ!水田がそう嬉しそうに言っていても、彼は困ったようにそんなことないですよと困ったようにしていた。
どうやらおとなしい少年らしい。
そんな印象を石垣も持っていたのだったが。
きしがみくん。差し入れ持ってきたんや、皆で飲んでや。
そう、笑顔を浮かべて肩越しに振り返ったとき、そこにあった表情に石垣は思わず自分の頬の筋肉が引きつるのを感じた。
そして同時にその、妖艶な笑みから吐きかけられた言葉にも。

「どうしたい?」

石垣は掠れた声でそう返した。
否、そう返すことしかできなかった。
いつものように頭が回らない。いや、違う。頭が回らないのではない。頭の中で警鐘がなっている。
この男は何を言うつもりなのだろうか。
繕うように笑みを浮かべることもできず、馬鹿のように石垣は問いに対して鸚鵡返しをすることしかできなかった。
彼はそんな石垣にうんうんと頷きながら一歩一歩近づいてくる。
ごくり、と石垣は息を飲んだ。

「ええ、そうです」
「どうしたいって」
「ボク、虫唾が走るんですよね、あなたを見ていると」

こつ、こつ、と足音が近づいてくる。
それに思わず石垣は後ずさる。
彼は、続ける。

「だって、アナタの言葉、気持ち悪いんですもん」


「・・・・・・」
「おや?黙っているってことは自覚があるんですかね」

だってそうでしょう?と彼は妖艶に笑う。

「アナタは御堂筋さんのことを応援している。それはそうなんでしょう。でもアナタの言葉は、そして行動は『ただ』応援している人の言葉ではないんですよ」
「・・・・・・」
「ただ応援しているだけの人はあの人の未来に自分の存在を臭わせたりしない。そして他者に自分の存在を植え付けたりしない」
「・・・・・・」
「お前には未来がある?確かにそれは傍から見れば美談でしょう。でもそれを言われたのがあの、孤高のレーサー、御堂筋翔だったら?そこにある意味って代わってくると思いませんか」
「・・・・・・」
「そして、お前が御堂筋の良心になれ?其れをアナタは誰に言ったんですか?水田さんですか?違いますよね。アナタに心酔し、アナタのようになりたいと望んでいるあの男に託した。その意味を、アナタが考えていないとはボクには到底思えないんですよね」

そういうと、彼はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
そして抽象的な話になってしまいましたけど、わかっていますよね?そう楽しそうに笑った。
石垣はやはり、何も言い返すことができない。
後ずさっていた石垣は気付けば壁に追い詰められていた。
自分より低い位置から、自分より小さな後輩がじっと見つめている。 喉が渇く。唾液が喉に張り付いた様で上手く飲み下せない。
耳元で、心臓がうるさい。頬を、汗が伝う。
そんな石垣の様子を見ながら、彼は満足そうに首を傾げた。

と、すい、と手が伸ばされる。
何かと身構える間もなくその細い―だが確かに男の指が石垣の頬を伝う。
冷たいと思いきや、マッサージをする人間らしい、だが彼の属性とはちぐはぐな温かい指先が、つい、と頬を滑った。
その感触に石垣は身を固くする。すれば彼は目を細めた。
そしてゆったりと、しかしどこか獲物を狙う爬虫類のような底知れぬ瞳でじっと石垣を見つめる。
それは何一つ―感情の揺れひとつとして見逃さんとするように。

「ねえ、石垣さん?正直に答えてくださいね」
「・・・・・・」
「ねえ、そこまでしてアナタが欲しい物ってなんなんですか?いいひとっていう座ですか?普通の先輩後輩の関係性ですか?」
「・・・・・・」
「えー答えてくれないんですか?じゃあボクが当てちゃいますよ?」
「・・・・・・」
「欲しいんですよね?御堂筋さんのことが」

その為に、アナタは御堂筋さんに言葉を刻みつけた。それは呪いのように。
その為に、アナタは御堂筋さんの前に自分の分身を立たせた。そのヒトガタの向こうに自分を見させる様に。
あの人間に自分を刻みつけて、執着させて。引き寄せて、そして―。

彼の言葉に石垣は目を見開いた。
そして助けを求めるように息を吸うと、喉がひゅ、と音を立てた。
そんな石垣の反応に彼は満足そうに笑う。彼が大げさに笑うのに合わせてさらりと、綺麗に切りそろえられた髪が揺れた。

「アハッ、図星ですか?最高ですねアナタ。人畜無害な顔をして、そうやって強かに御堂筋さんのこと、手に入れようとしているなんて」
「・・・・・・」
「それでいて聖人君主のような顔をしているんだから本当に、本当にアナタって人は」


―気持ちが悪い。


汚いものを見た時のように。
彼はさっきまでの楽しそうな様子を一瞬で消し去ると忌々しそうにそう吐き捨てた。
そして、石垣の頬に沿わせていた手を外し、ひらひらと、穢れを払うように振って見せた。
石垣は乾いた喉ではくはく、と呼吸をしながら、それでも震える手を彼の方に伸ばす。
そして、そのユニフォームの裾を引いた。

「・・・岸神くん」
「なんですかぁ?ああ、御堂筋さんに言わないで、とかですか?嫌ですよ?だって面白いじゃないですか?だって自分の事を心配してくれて、心にずっと引っかかっている人が実は全部演技で、偽善でこんなに、したたかで気持ちが悪いだなんてそんなの」
「・・・・・・」
「精々、嫌われてくださいよ、石垣さん」

ぐらぐらする視界の向こうで、彼が妖艶に笑う。



「御堂筋さんがなんていうか、楽しみですね?石垣さん?」








「という話を、してみたいんですけど」
「ハァ?キミィってほんまに性格ひん曲がっとるね」

部室で明日のメニューを考えていた御堂筋の前に座りうっとりを目を細める後輩に御堂筋はため息を吐いた。
初めて会った時から思っていたが、彼―岸神小鞠は洞察力に優れた人物だ。だからこそ御堂筋はこの男をこのチームを構成するうえで参謀にした。
自分の思惑を理解し、そのサポートをしてくれる。そしてこのチームメイトの人心掌握に一役買ってくれている。それに御堂筋は満足をしていたのだが。
しかし、それが時々度を越すことがある。
特に目下その標的にされているのが、去年この部活を卒業していき、その後もことあるごとにこの部活に干渉してくる男、石垣光太郎だった。
小鞠は御堂筋の反応が気にくわなかったらしい。
不満げに唇を尖らせるとだって、と続けた。

「御堂筋さんだってそう思いません?」
「思うけどなァ。別に、ボクはそれでええよ」

御堂筋の言葉に彼は驚いたように目を見開く。
そして勢いよく立ち上がると、だん、と机に手を付いた。
その衝撃で机の上に置いてあった鉛筆が転がって床に落ち、高い音を立てる。
その行き先を視線で追おうすれば、ぐ、と顔を覗き込まれた。

「なんや」
「なんや、じゃないですよ。なんでですか。めんどくさくないですか?直球で来てくれた方が簡単だと思いますけど」
「そうやねえ」
「だったら」
「でもなァ」

「ボク、結構楽しいんよ。コレ」

そう、頬に弧を描く。
すれば目の前の男はぱちぱちと大きな目を瞬き、そして次の瞬間、がっくりと肩から力を抜いた。
そのまま彼はよろよろとさっきまで座っていた古いパイプ椅子に腰を下ろす。
そして彼は地の底から出てきたのではないかと思う程に深く、そして低くため息を吐いた。

「忘れていました。御堂筋さんも相当、めんどくさい人でした」
「まだまだ、甘いなァ?」
「精進します」
「そうしとき」

そういうと御堂筋はゆったりと笑みを描く。
そしてぐったりと項垂れ、ぶつぶつと何かを呟いている後輩に聞こえないように、そっと口の中で呟いた。



「それにその楽しみ、キミなんかに譲るわけないやろ」






material:Sky Ruins