フォロワーさんの一枚絵からお話を書く、というタグで書いたお話です。
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何度でもきっとこうやってキミに





夜空に咲く大輪の花






「花火!」

練習が終わり、自転車を片付けていた時だった。
どん、と腹の奥に響く低い音が、なんの前触れもなく、唐突に空気を震わせた。
そしてついで聞こえてきたのは、先ほどまで激しい練習も相まってぐったりとしていた部員たちのやたらはしゃいだ声。
なんや、まだ余力あるんやないか。
そんなことを思い、顔を上げると、御堂筋の眼前に様々な色が散った。
赤、黄、青、白。
色とりどりの花が真っ暗な夜空に咲く。
御堂筋はそこで初めて、ああ、花火だとそう思った。

「そういえば今日は花火大会やったなあ」
「クラスメイトから誘いのメール入っとったな確か」
「行けばよかったやん」
「アホ!リア充の巣窟なんかに行けるか」
「そこでゲットすればええんですよ。まあ井原さんにはできひんでしょうけど」
「なんやてー!」

部員たちは明度の上がった空の下、楽しそうにはしゃいでいる。
音が響くたびに、形を変えるそれらにコメントをしたり、少し変わった形―例えばキャラクターを彷彿とさせるものや土星型のものが上がった時は歓声が上がった。
主にはしゃいでいるのは水田と井原で、辻と山口は一歩引いたところで空を仰いでる。
そんな部員たちの姿をしばらく眺めると、御堂筋はくだらない、と言わんばかりにため息をついた。
花火。このインターハイ前の時期にそんなものにうつつを抜かす暇などないはずだ。余力があるのだというのであればもっとペダルを回すべきであろう。
やはりこのメンバーには危機感というものが根本的に欠如をしているらしい。
さっさと部室に引き上げ、今日の振り返りを行ったほうがよっぽど有意義だ。そう思い御堂筋が踵を返そうとした。
と、その時だった 。

「綺麗やなあ」

隣からした声に御堂筋はピタリと動きを止める。そして声がした方―右に視線を向ける。
すればそこには自分と同じ京都伏見の自転車競技部のジャージに身を包んだ一人の男が立っていた。
自分より少し背が低い。しかし、それでいて表情や体のパーツは自分より格段に大人に近づいている。
それは自分の二年先輩で、そしてかつてこの部活でエースをはり、今はその座を御堂筋に奪われエースアシストに収まっている石垣光太郎だった。
彼は自分の隣で空を仰いでいる。
とても嬉しそうに目を細め、そして笑みを浮かべながら。
御堂筋はそんな危機感のない石垣の横顔にため息を吐く。この中ではマシな部類であるとはいえ、石垣もどうも勝利に対する意識が今一歩足りていない人物だ。
その癖御堂筋のやり方にケチをつけてくるのだから面倒くさいし性質が悪い。
御堂筋はそんな石垣にじとりとした視線を向けながら吐き捨てるように続けた。

「ファー。綺麗とか綺麗やないとかどうでもええやろ。花火なんて視覚を満たすだけや。他に何の実利もない」
「そうか?オレは好きやけどなあ」

石垣はそう言うと嬉しそうに笑う。
御堂筋はご機嫌な石垣に辟易しながらも、悪態をつくために口を開く。

「そんなこというとるから、キミは」

と、その時だった。

ドン!
低く響く音。
散る、花。
漆黒の空を埋める、光。

そしてその光は同様に石垣のその頬にも光を撒く。
色とりどりの花火の光。
赤、黄、青、白。
頬に散る色。それに伴い広がる笑み。そしてその眼の中にも同じように色が映る。
極彩色。光の共演。その中にいる、彼の人。
暫くして、それをー石垣のことをー呆然と見つめていた自分に気づき御堂筋は愕然とする。
御堂筋は頭を振ると、視線を石垣から外した。
しかし幸いなことに石垣はそんな御堂筋の様子に気がついてはいなかったらしい。相変わらず、暢気な口調で楽しそうに続けた。

「なあ御堂筋は花火大会行ったことあるん」
「ない」
「なんで?」
「なんでって、時間の無駄やろ?」
「時間の無駄って、そんな悲しいこと言わんとってや」

石垣は少し考えると、名案を思いついたと言わんばかりに御堂筋に視線を向けてきた。
その頃には花火も小休止に入っており、御堂筋はいつもの調子で石垣に相対する。

「じゃあ、来年いこうや」
「どこに?」
「花火大会」
「誰が?」
「みんなで」

浴衣着て、りんご飴食べて、空見上げてな、花火見るんや。

「ええやろ」
「くだらん」
「騙されたと思って」

一回くらいバチ当たらへんよ。そう石垣は笑った。


◇ ◆ ◇


「やっと約束果たせたな」

からん、と下駄を鳴らしながら隣に立っている男が楽しそうに笑った。
その手には紙のカップに入ったビールがある。ほろ酔い気味の男は酷くご機嫌だった。

八月に日本に帰る。そうメールをしたのは先月のことだ。
すれば彼からは『そこはちょうど花火大会やから、花火見にいこうや』と返信が帰ってきた。
そして帰国早々駅前の百貨店につれていかれ、浴衣やら一式を揃えさせられたのが昨日だ。
意外と値段が張ったが、今や世界的なプロのロードレーサーとなった御堂筋には大した金額ではない。
店員と揃ってあれでもないこれでもないと浴衣を選び、辟易としている御堂筋に次々といろいろな浴衣を着せた張本人―石垣は同じく自分で買ったのだろう浴衣に身を包み、酷く嬉しそうだった。
御堂筋は屋台で買った焼き鳥を食べながら石垣の顔を覗き込んだ。

「約束ゥ?」

御堂筋が首をかしげると石垣はぱちりと驚いたように瞬きをして、そして困ったように笑った。

「覚えてへんか」
「ハァ?いつの話しとるん?」
「覚えてへんのやったらええよ」

他に何食べる?そんなことを言いながら石垣と御堂筋は人でごった返した花火大会の会場を進んだ。

暫く行き、人波を抜け、小高い丘に出る。
そして、ちょうどいい大きさの岩を見つけると石垣は特等席なんやで、と御堂筋をそこに誘った。
終始ご機嫌だった石垣はだいぶ酒を飲んだこともあり、今や足元がおぼつかない。
久々に会ったことも手伝い完全に気の抜けた表情になっている石垣に、ここに他に誰かと来たのかと問いたくもなったが辛うじてその言葉は飲み込んだ。
上手く岩場に上れないと下駄を脱ぎ、二人で上がる。そして打ち上げ会場の方に視線を向けた。

と、次の瞬間。花火が打ちあがる。
漆黒の空。咲く大輪の花。
色とりどりの光が夜空のキャンバスに散ち、光が降る。
どん、と腹の奥に響く轟音。そして。

「やっぱり、綺麗やなあ」

気の抜けた声に御堂筋は振り返る。
すればそこにはうっとりと夜空を見上げる男の横顔があった。
そしてその、アルコールで上気した頬には。

極彩色の、光が。

(あ、)

既視感。
それに御堂筋は眩暈を覚える。
そうだあれは何年前のことだっただろうか。
確かあれは、まだ自分たちが学生の時分の時のこと。
エースを取られた三年生と、そしてまだ、自分の欲しい物のことしか考えることのできなかった怪物一年の時の話だ。
交わらぬ距離感にあった二人で交わした言葉。
そして、そのあと忘れ去られてしまった約束を。

「覚えてるわけないやろ、石垣くんキモいわ」

御堂筋はくらくらする頭を抱えながらため息を吐く。
あんな、戯言、すっかり忘れていた。寧ろ叶えるための言葉だなんて思っていなかったのだ。
それでも確かに、あの時。花火を見上げた彼の顔に落ちた光の雨に兆した感情は今も変わらずにここにある。
時を超えて繋がった時間と約束。それに御堂筋は言いようのない気持ちに襲われるのだった。

とん、と肩を叩かれる。
すれば心配そうに自分を覗き込む男の顔があった。

「どうしたん?気分でも悪いんか?人に酔った?やっぱりこういうん、嫌いやったか」
「なんでもない」

前向いとき。

石垣は怪訝そうに、それでもまた花火の方へと視線を向けた。
そんな石垣の表情を斜め後ろから眺めながら、御堂筋はうっすらと笑みを浮かべる。
いろいろあった。そしてこれからもいろいろなことがあるだろう。
それでも、きっと何とかなるに違いない。
それは、長い年月を越えて今日の約束が叶ったように。
きっと。


「キミとやったら、来年も来てもええよ」


御堂筋の小さな呟きは。
丁度夜空に散った金色の花の轟音によって、夜闇にさっとかき消されてしまった。












material:Sky Ruins