フォロワーさんの一枚絵からお話を書く、というタグで書いたお話です。 --------------------------------------------------------------------------------- あの赤い自転車がええなあ そう目を輝かせた彼を見て、一生一緒にいたいと思った。 きみのとなり 「光太郎はオレのや」 川を渡ってくる風が髪を抜けていく。 水面は夏の太陽の光を弾き、キラキラと輝いている。風は水の冷たさを抱き込み、汗をかいた体に気持ちがいい。 深緑の山の間を流れてくる川の河川敷。そこにアンカーと一人の男が並んで座っていた。 アンカーの隣に座っているのは御堂筋翔。 それはアンカーの主人である石垣光太郎の高校時代の後輩だった。 今は海外でプロの自転車レーサーをしているらしい。 どうやら活躍をしているようで、石垣の部屋には御堂筋に関する雑誌がたくさん積まれていた。 御堂筋は時々日本に帰ってくると、石垣に自転車に乗ろうと声をかけてくる。 そんな御堂筋の誘いに石垣は就職してから自転車乗ってへんのやから堪忍してや、そんなことを言いながら御堂筋の言葉に従うのが常だった。 そんな件の石垣といえば飲み物を買いに近くのコンビニへといっている。 そして御堂筋の相棒のデローザは先日行われたというレースで酷使をされて疲れているのだろう、少し離れた日陰で昼寝をしていた。 御堂筋は試合中は饒舌なくせに、そうじゃないときは酷く寡黙だった。 今も黙ってじーっと目の前に横たわる川の水面を目を細めて眺めていた。 アンカーはそんな御堂筋の横顔を見ながら、酷く焦燥にかられる。 御堂筋は石垣のことが好きだ。それがいつからかなのかはよくわからない。 少なくとも高校時代はそんな感じではなかった。御堂筋のほうが意識的に石垣を遠ざけていたような印象さえ受けた。 どんなに石垣が心配しても、どこ吹く風といった様子で石垣に背を向けていたように思う。 しかし、気付けば御堂筋は石垣の前に自分から現れ、石垣に関わるようになったのだった。 その感情の読みにくい御堂筋の目を、アンカーは既視感とともに眺めていた。 そこに映る色は、自分が石垣に向けている目の中にある色と同じものだったからだ。 初めは石垣もそんな御堂筋のことを高校時代の後輩、といったように扱っていた。 なついている後輩をかわいがるかのように。 しかし、最近は少し様子が違うように見える。 御堂筋の活躍を喜び、彼が日本に返ってくると連絡が来ると嬉しそうにしている。 自転車で出かけようと誘われた時は、自転車に乗ってない、とか仕事で疲れているとか言いながらも昨日はいつもより早く帰ってきて、その手に下がったコンビニのビニール袋にはスポーツドリンクやらワンハンドで食べられるバータイプの食べ物が入っていた。 明らかに浮かれた石垣の様子に、アンカーは彼の背中を見ながら酷く憂鬱な気分になったのだった。 御堂筋はアンカーの拗ねたような物言いに、苦笑した。 「ハァ―。持ち主に似て、キミィもアホやねぇ」 「アホちゃうわ」 「アホやろ。なあそもそも、ボクのことライバル視しとるのがお門違いやろ」 御堂筋はそういうとアンカーのほうに手を伸ばした。 そしてぐ、とアンカーの頬を掴む。 遠慮ない力に骨格がぎしりと軋む。そして御堂筋は表情のない目でアンカーの目を深く覗き込んだ。 「ボクと協調した方が得やってはよ気付いた方がええよ、アンカーくん」 「協調?」 「ボクが石垣くんとおらんようなったらどうなると思う?」 「お前と光太郎が一緒にいなくなったら?」 「そうや」 「石垣くん、自転車、乗らんようなるよ」 御堂筋の言葉にアンカーは息を飲む。 すればそんなアンカーを見て御堂筋はにやりと笑った。 「ボクにとられるのと、石垣くんがキミと走らんようになるの、どっちがキミにとって望まん事かよお考えたほうがええよ」 「どうせ裏切るんやろ」 「普通やったらな。でもボクにとっては損はない。あとはキミがどうするかや」 まあ協調するも何もボクは欲しいものは手に入れるから、キミィが邪魔をしようがしまいが関係ないんやけどな。 御堂筋はそういうとアンカーから手を離した。 そしてまた、あっさりと川のほうに視線を戻してしまう。 アンカーは御堂筋の言葉を反芻しながらもそっと目を閉じる。そして昔のことを頭の中に思い描いていた。 石垣が初めて自分を選んでくれたこと。 彼は赤い車体に目を輝かせて、これがいい!と親にねだっていた。 それから一緒に走ったこと。 初めはいっぱい落車をして、二人揃って痛い思いをした。 慣れてきたら石垣はとても速かった。二人だけでどこまでもいけると思った。 その世界に入ってきた、銀色の車体。 その頃から石垣は自分とだけ対話をするのではなく、目の前に現れた背中に固執するようになった。 高校三年のインターハイ。 あの時の石垣の心の変化を一番感じたのは間違いなく自分だ。 初めは悔しさにハンドルをきつく握りしめていた。 しかし、最後、石垣の心は完全にどこかに飛んで行ってしまっていた。 自分と心を添わせて走るのではなく、もっと速いスピードで前方へと。 そしてそれを駆り立てたのは間違いない、今自分の隣にいる人物で。 それに、酷く疎外感を感じた。自分の石垣光太郎が、二人だけで走ってきた時間があの男に侵略された気がして。 石垣が大学に進学した時は安心をした。また二人の時間が帰ってきたと思った。 しかし、大学を卒業し、就職をした石垣は今度はめっきり自転車に乗らなくなった。 高校や大学に行く時に一緒に付いて行ったのが嘘のように、自分はただ、彼の部屋にぽつんと置かれて、ほこりをかぶっていくだけなのだった。 石垣と一緒に居たい。それでもそれ以上に彼と一緒に走りたい。あのアスファルトの上をどこまでも。気持ちええなあ、そう目を細める彼と。 そして、最近、そんな自分の願いが叶って共に走ることができるとき、そこに一緒にいるのは―。 アンカーは目をあけると一つ息を吐く。 そして顔を上げると、御堂筋の方へと視線を向けた。 御堂筋は、アンカーから向けられた視線に気づくと、顔は前を向いたままやっと気づいたかと言わんばかりに不敵に笑っていた。 「人間やったら良かった」 「そうやねえ、でも人間やったら一緒に走れへんよ」 「うん」 「それに、石垣くんが必要とする限りずっと一緒に居れるやろ」 「御堂筋が嫌われたらええのに」 「一蓮托生やっていったやろ」 「・・・そうやけど」 「裏切らんといてな」 アンカーの言葉に、御堂筋は初めて優しく笑った。 ☆ ☆ ☆ 「お待たせ」 明るい声に顔を上げると頬に冷たく固いものが当たった。 何かと思えばたぷん、と液体が揺れる。 その先には楽しそうにスポーツドリンクのペットボトルを御堂筋に押し付ける石垣が立っていた。 石垣からペットボトルを受け取ると、石垣は御堂筋の横に並んで座った。 石垣も手にペットボトルを持っている。 しかし、その腕は御堂筋のものと比べるといくらか貧弱に御堂筋の目には映った。 高校時代はそこそこ筋肉が発達しており、どちらか問えば石垣のほうが御堂筋よりしっかりと筋肉がついていたはずだが、サラリーマンとして働いている石垣とスポーツの選手として生きている御堂筋の間には今や決定的な差異が生じているらしい。 それは脚の筋肉だってそうだ。 すっと、綺麗なラインは保ってはいるものの、それは自転車をやる人間のそれではない。 彼の走りでもわかっていることだがどうやら言葉通り、本当に自転車に乗っていないらしい。 それでは、「彼」が拗ねるのも当然だ。 「石垣くん、たまにはアンカー乗ってやらんと」 「仕事忙しいんやもん」 「休みの日に乗ればええやろ。一日ごろごろしとるとすぐ太るよ」 「うーん」 いっぱい自転車乗りたいんやけどなあ。ごめんな。 石垣はそういうとアンカーのことを優しく撫でる。 「今度、遠出しようかなあ」 「井原くんとか辻くんと行けばええんちゃう」 「そうやな、アイツら自転車乗ってるんかなあ」 「アンカー喜ぶよ」 「そうやなあ」 こいつはオレの一番の相棒やからな。 そういって楽しそうに笑う石垣に。 (ボクやって、キミのポジション、羨ましいんやで。アンカーくん?) そんなこと、絶対に言ってやらないけれど。 了 material:Sky Ruins |