それは寒空の下。
誰にも知られないままに叶った細やかな願いと
誰に誓うでもなく願った、他愛のない未来についての挿話。








聖夜、寒空の下で








「夜の京都の町を石垣は全力で走っていた。
古き良き町も流石にクリスマスくらいは華やかになる。
電飾もいつもに比べて華やかだし、店頭にはクリスマスを感じさせる装飾が増える。
歩道には仲良さそうに肩を並べて歩く男女がおり、家族のためにだろう大きなプレゼントを持ったサラリーマンが歩いており、クリスマスパーティーをするのだろうかケーキ屋やらデパートの紙袋を下げた女子のグループが歩いている。
彼らは一様に心持ち楽しそうな表情を浮かべており、洋服も少し、おしゃれだ。
そんな彼らにぶつからないように気を付けながら石垣は、走る。
頬に当たる風は刺す様に冷たく、弾んだ息は白い。それでも額には汗が滲んでいた。
流れのよくなった血流にさっきまで飲んでいたアルコールが乗って半分頭がふらふらした。それでも止まるわけにはいかない。前方に現れた青く点滅をしている信号の横断歩道をスピードを上げながら、渡る。赤に変わる一歩手前でなんとかわたりきることができた。小さな達成感によし、と口の中で小さく呟くと顔を上げる。
夜の闇の中に、鎮座するビル。そこにぼんやりと浮かぶ文字に石垣は口角を持ち上げた。

(もう少しや)

さっきまで石垣は会社の自分の部署の中の独身のメンバーと一緒に居酒屋で酒を飲んでいた。
上司や既婚者、小さい子供がいる人、パートナーがいる先輩(一部後輩)は今日の仕事を早々に片付けて帰ってしまった。
特に用事もなく、普段通りのペースで仕事をしていたメンバーで、なんとなく寂しさを紛らわせるために飲みに行くか、という雰囲気になったのが十九時半頃。
クリスマスなんて、自分達の人生の行事から縁遠い。おまけに今年のクリスマスは平日で、友達と遊ぶにしても羽目を外せない。そんなことを言って笑いながら色気も何にもなく、ビールのジョッキを次々とあけていた。
メニューも普段の飲み会で頼むものと変わらない。チキンではなく焼き鳥だし、サラダも何の変哲も無いシーザーサラダと枝豆だし、ケーキなんてもちろん頼むはずもない。
ヤケになったのかいつもよりみんなペースが早く、周りの雰囲気に飲まれた石垣も普段に比べてハイペースでジョッキを空けた。

―あかん、飲みすぎたわ。

何度目かわからない欠伸を噛み殺しながら、眠気をごまかすために石垣はトイレに立った。
トイレの中にはいると用を足し、石垣は壁に背中を預けながら息を吐く。
みんなのテンションから鑑みるにまだ飲み会は終わりそうにない。明日も仕事なのに。かといって今日集まっている中で一番年少な自分が帰るわけにはいかないだろう。石垣はうんざりとしながらも時間を確認しようとポケットに入れたままにしていたスマートフォンを取りだす。
と、画面をつけたとところで石垣はメールが届いているのに気が付いた。
通知は十二件。
またどうせ、企業のダイレクトメールか最近頻繁に届くようになった迷惑メールの類だろう。石垣はそう思いながらも何となくそのメールの受信ボックスを開ける。
石垣の予想通り、そこには企業からのダイレクトメールと迷惑メールで埋め尽くされていた。
それらも大抵がクリスマスの事を匂わせるもので石垣は辟易しながらそれらを削除していった。
クリスマスプレゼントにかこつけた電気屋の宣伝メール。変な金の当選通知の迷惑メール。よくわからない出会い系サイトを捩った迷惑メール。
しかし、そのうちある一通のメールに石垣の指は止まった。
それは件名も何も記されていない一通のメールだった。
石垣は首をひねる。というのもその差出人は普段殆どと言っても過言ではないくらいに連絡をしてこない人物だったからだ。
そもそも生活時間が合わないためお互いにタイミング合わないと連絡を取ることはないのだが、それもほとんど自分からで相手から連絡が来るときというのは何か重大なことがあったときくらいだ。
なにかあったのだろうか。
酔っ払っているからだろう、いつもより早い心臓の音を自覚しながら石垣はそのメールを開封した。
そしてその次の瞬間、石垣はもっと驚く羽目になった。そこに記されていたたった一行の文面に。
慌てて腕時計でもう一度時間を確かめる。そして次の瞬間、石垣はトイレを飛び出していた。
席に戻ると、鞄とコートとマフラーをひっつかみ、ポケットに入れていた財布から五千円を置く。そしてすいません、お先に失礼しますと勢いよく頭を下げると非難めいた視線が一気に石垣に集まった。
だが、石垣はそれさえも振り切って、居酒屋を飛び出した。
石垣どこ行くんや、そんな声を背中に浴びながら。


『二十一時四十七分に京都駅に着く』


店の外に出ると歩道に鞄を投げ出して、コートを着、マフラーを巻く。
焦りからか縺れる指先に焦れながらも、頭の端で会社の同僚たちに明日怒られるだろうな、と石垣はぼんやりと思った。
彼女がいたのかとか、いろいろ追及を受けるだろうことは想像に難くない。裏切り者ともいわれるかもしれない。それもそうだ、今日はひとり身の寂しさを分かち合う会だったのだから。
それでも、そうだったとしても石垣の中に京都駅に行かないという選択肢だけはない。だってあの男が帰ってくるのだ。帰ってくるというのだったら会いに行くに決まっている。 よし、と気合いを入れるとかばんを小脇に抱え、石垣は走り出した。
スーツにコートというだけでも走りにくいがそれ以上に革靴が思ったより邪魔だ。
それでも浮足立っているのが自分でも判る程に足が軽い。にやけそうになる頬をマフラーで隠しながら学生時代と比べれば幾分遅くなっていはいるだろうがそれでも自分の持てる全力で京都駅を目指す。

駅につくと石垣は一段飛ばしで階段を駆け上がる。まだ終電には時間があるためこんなに駅に向かって急ぐ人は他におらず、どちらかと言えば駅から出ようとする人の数の方が多くて石垣は何度も人にぶつかりそうになった。
狭い構内を、そして大人である自分が全速力で走るという少し非常識な行為に、通行人からは冷たい視線が向けられた。
一度、かなり年上のサラリーマンに肩が当たり、転びそうになった。
気を付けろ、そんな怒声を浴びせられてすいません、と頭は下げたがそれでも石垣は次の瞬間には人にぶつかったことなどすっかりと忘れきってまた、走り出した。
革靴が、床に当たり大きな音を立て、それが構内に反響する。
普段であればこんな周りに迷惑をかけるようなことをしないというのが石垣の信条ではあった。寧ろこういう非常識なことをする人間に対して白い目を向けることのほうが圧倒的に多い。
だが、そういうことを気にしていられなくなることもあるんやなあ、と石垣は自分の中の認識を改めた。

『今年は年末どうするん』
石垣はここ最近ずっとその言葉を飲み込んでいた。
メールを送るときも、運よく電話が繋がったときも、何度も口から出そうになるその問いを飲み込んだ。
彼は毎年、だいたい年末には決まって日本に帰国する。だからもし帰ってくるならば会いたい。だが、試合とかの関係もあり帰省ができない年も今までに何度かあった。だから石垣は基本的に自分から相手に対して帰国の予定を聞くことはしないようにしていた。
というのも年末の予定などを聞けば、彼が他人に対して全く気を使わないタイプであるとはいえども流石に気にするだろうし、催促をしているようで、また帰ってきてほしいと暗に言っている形になってしまいそうでどうしても憚られた。
それはもう、大人になって仕舞えばほとんど関係ないとはいえ先輩としての矜持に関わるし、正直そういう執着めいたものは彼に面倒くさいと思われかねない。だから石垣はどうしても聞けずにいた。
それに彼にだって帰らなくてはいけない家がある。彼のことを大切に慈しみ、育ててくれた家が。
もし日本にいることのできる時間が短いのであれば、そっちを優先してほしいという思いがあった。
それなのに、こんな。

(会いたい)

一緒に今日という日を過ごせなくても、せめて一目でも、一言でもいい。
もし、会える可能性があるのだというならば。
電話回線やら、テレビの中やら、雑誌の写真ではない、生身の彼に。
それが石垣にとって一番の贈り物なのだ。

と、改札前の広場に出た。改札前にはまだ、人がまばらだ。どうやらまだ新幹線は到着していないらしい。
時計を見る。
二十一時四十七分。
ちょうど、新幹線が到着した時間だ。
よかった、なんとか間に合った。石垣は上がった息を押さえながら顔を上げる。
一拍遅れて、目的の新幹線から降りてきたと思われる乗客たちがぞろぞろと改札に向かって歩いてくる。
スーツを着たサラリーマン。彼氏に会いにきたのだろうおめかしをした女の子。旅行者だろうか金髪の外国人。ちょっと早い帰省だろうか眠ってしまった小さい子供を抱き上げたお母さんたちの姿も見える。
そしてその後ろ。
人波の中、頭一つ分抜きんでたすらりとした男に石垣の目は釘付けになった。
少し曲がった背中。男性にしては少し長い髪。口元はマスクで隠していて表情は見えないが石垣が見間違える筈はなかった。

「御堂筋」

気が付けば石垣は大声を出していた。
周りの人が怪訝そうに石垣を見る。それでも石垣は構わず御堂筋に向かって右手を振った。
と、改札機に切符を入れる前の御堂筋と目が合う。
御堂筋は石垣に気付くと普段ほとんど感情を写さないその双眸に驚きを写して、ただ石垣のことを見つめていた。







「いやーほんまよかったわ、間に合わんかと思った」

石垣はそういうとへらりと笑った。
御堂筋と石垣は肩を並べて住宅街を歩いている。
京都駅から在来線で数駅のところにある住宅街。石垣は大学卒業後しばらくしてからそこで一人暮らしをしている。
電車の中ではクリスマスらしいことしようや、とはしゃいでいた石垣だったが駅前にはケーキ屋がなかった。京都駅で買えばよかったと毒づきながら駅前のコンビニに二人で入った。そしてデザートケースで売っていたホールケーキを一つと、骨付きのチキンを二本。そして肉には赤やろ、と主張する石垣が手に取った店の棚に並んでいた中では一番上等そうなワインを一本買う。レジでは思いの外行ってしまった金額に石垣はこんなにコンビニで買い物したの初めてやと笑いながらクレジットカードを切った。
石垣は書類かばんとケーキを、御堂筋は温かいものは分けますね、という店員の気遣いによって分けられたワインとチキンの袋を両手に、リュックに入れられた帰省の荷物は背中に背負いながら歩いている。
石垣は頼んでもいないのにさっきからずっと御堂筋にあいにくるまで参加していたらしい飲み会の話をしていた。その場にいたメンバーがどういう関係で、それぞれどうしてクリスマスに過ごす相手がいないのか。そこで交わされたネガティブな会話。他の席にいたカップルの話。飲んだ酒はずっとビールで、誰一人オシャレにワインとかカクテルとかを飲んだりしなかったのだということ。そして御堂筋のメールに気付いて、思わず居酒屋から飛び出してきてしまった話を御堂筋の相槌がなくとも延々と。
いつもに輪をかけて石垣が饒舌なのは半分酔っぱらっているかららしい。
御堂筋はため息を吐くと、笑顔でご機嫌な石垣から視線を外し、キモいと呟いた。

「ボク、別に迎えに来てなんてゆうてへん。到着時間伝えただけやろ」
「言われてみればそうやな」
「そうや、石垣くぅんが勝手に来ただけや。そんな恩着せがましく話されても困るんやけど」
「はは、せやな。堪忍やで」

何やこんな必死にならんんでもよかったな、てかお前も久屋の家でクリスマスでもよかったんやもんなあと石垣はしみじみといった。
石垣の言葉にそうやよ、ユキちゃんにプレゼント渡さんといけんかったんやと答える。
だが実際御堂筋は久屋の家には今日帰るという連絡を入れていなかった。それはなぜか。石垣が自分のところに来ない可能性を殆ど考慮していなかったからだ。
京都駅に到着する一時間前くらいに送ったメール。少し待ってみたが返信はこなかった。それでも御堂筋はなぜか焦りもしなかったし不安にも思わなかった。すぐに対応できなくとも、ちょっと待てばきてくれるのではないかと思っていたのだった。
本当に彼が気づかなかったら自分はどうしていたのだろう。改札でぼんやりと待っていたのだろうか。ホテルも取っていない自分はどこに帰ったのだろう。タクシーに乗って実家に帰っただろうか。そこまで考え御堂筋はそんな自分に辟易した。そんな仮定はどうでもいい。現に石垣は御堂筋の前に現れ、御堂筋に宿を提供してくれ、御堂筋とクリスマスを過ごすつもりでいるらしいのだ。
そんなことより、と御堂筋は石垣の方に視線を向ける。

「キミィ、どれだけ走ったん」

石垣の髪はぐしゃぐしゃに崩れていた。いつも後ろに撫でつけられている髪は解れて額にかかっており幾分子供っぽく見える。
そして幾筋かは額に張り付いていて、石垣が相当汗をかいたことを物語っていた。
御堂筋の言葉に石垣は首をかしげる。そして探るように虚空に視線を向けた。
その動きに普段であればない長めの前髪が合わせて揺れる。

「んー十分くらいかな。久々に全力だしたわ」
「酒のんどったんやないの」
「あーだから途中目が回って倒れるかと思ったわ」

あ、倒れてへんし、気分悪くとかもなってへんよ?石垣はそう、笑う。
会社の飲み会を中座して、しかも話を聞く限りかなりの量のアルコールを摂っているのにも拘らず京都駅にまで走ってきた石垣に御堂筋は辟易した。
石垣は頭は良い癖に、時々とてもバカなことをする。それも御堂筋が絡むと特に、だ。
そんな石垣に御堂筋はため息を吐かずにはいられないのだが、しかし同時に自分の中のどこかがむず痒くなる感覚に襲われる。
暖かいような、くすぐったい様な、そしてイライラするそんな感覚だ。
既に長い期間その感覚に苛まれているのだが、どうも慣れることがない。
胸に巣食う感情を吐き出すように御堂筋は深くため息をついた。

「今度からそんな急がんでええ。急ぐときはタクシーでもなんでも使い。どうせキミィ独身で金あるんやから」
「そうはいってもなぁ、あんな短い距離、タクシーの運転手さんに申し訳ないやろ」
「申し訳ないもないやろ金払うんやから。それよりキミにぶっ倒れでもされたらそれこそ迷惑や」
「なんや心配してくれとるんか。御堂筋ありがとう」
「そんなんちゃうわ。石垣くぅんほんまキモい。自意識過剰すぎやで」
「わかったわかった、今度から気ぃつけるわ」

でも、とそこで石垣は僅かに表情を曇らせた。

「御堂筋、それならもう少しはよう連絡してや。今日は行けたからよかったけど、出張とかで京都おらん時やってあるんやよ」

オレ、お前に会いたいんやから。
石垣はそういうとへらりと笑った。
しかし、どこか泣きそうな表情に普段より幼く見える石垣の髪型も相まって、御堂筋はそれを直視することができず、また何と返せばいいのかわからず目を背ける。
いつも大人ぶって、我儘で自分勝手な御堂筋を仕方がないといった風に見守る石垣。
長い付き合いにはなるが石垣は自分の感情のようなものを御堂筋に見せることはほとんどない。
それは年上だからとかそういう理由も勿論あるのだろうが、根本的にこの男は他人に自分のマイナス面の感情を見せることを嫌う。
そんな男が見せた弱さのような、本音のようなもの。それに、御堂筋の胸の中に何とも言えない感情が満ちる。
それは先程感じたものとは全く別のもので、その違和感は御堂筋の中にざらつきを残す。
自分が欲しいのは、もっと。
しかしそのために何という言葉を選べばいいのか、御堂筋にはわからなかった。

(キモいで、石垣くぅん)

そこまで考え、御堂筋はなんで自分がこんな平凡な男に振り回されなくてはいけないのだろうかと頭を振った。
自転車の世界では他に並び立つ者がいないくらいの所に立っている自分が。この天下の、御堂筋翔が。
こんな男に苛まれる様なことなどあってはいけないのだ。不快な感情は握りつぶすに限る。
そんなことを思いながら御堂筋はため息を吐くと、石垣の方に向き直った。

「石垣くぅん」
「ん、なんや」

御堂筋は両手に持っていた袋を片手にまとめると、石垣の額に手を当て、そのまま前髪をかきあげた。
石垣の形のいい額が露出し、普段の見慣れた石垣の髪型になる。
石垣は御堂筋の行動に首を傾げながら、まだアルコールで火照る肌に御堂筋の冷たい手が気持ちいいのか、御堂筋の手、冷たいなあと暢気に呟く。
そんな石垣に、御堂筋は背を屈めると、自分の唇を石垣のに重ねた。
冬の乾燥に、かさついた唇。
軽く触れるようにして、直ぐに体を離した御堂筋に始めは驚いたように瞬きをしていた石垣だったが、やがて顔を朱に染めた。
そして困惑したように視線を泳がす石垣の様子に、御堂筋はにやと笑うと額から手を離し、ケーキを石垣の手からひったくった。
すたすたと何もなかったように歩き出す御堂筋に、石垣は一瞬呆然とした後、ちょっとまち!と大声を出した。

「み、御堂筋」
「なんや」
「お前、こんな天下の往来で」
「他に誰もおらんやろ」
「そういう問題やない!」

き、と眦を釣り上げながら石垣は唇をへの字に歪める。
しかしその実その眼は先程までの弱さを消し去っており、代わりに御堂筋が見たかった光を湛えていて、石垣にばれないように御堂筋は笑う。

(キミは、アホな顔して笑っとればいいよ)

簡単な言葉で、気遣いで本当は済むのだろうことは御堂筋もわかっている。
だが、彼の不安を消すための方法も、喜ばせるための手数も御堂筋はまだよく知らない。
それでも望むことは昔から変わっていない。たった一つだ。
それを言葉にして伝えることはできていない、これからもできないのだろうけれど。

「ほんま、お前には敵わんな」
「今まで散々負けとる癖に、まだボクゥに勝とうとおもっとるキミィにびっくりやわ」
「急に帰ってくるし、恥ずかしげもなくこんなことするし。海外の感覚でおると日本で痛い眼見るで」
「キミのアホ面見に態々フランスから来てやったんや、ちょっとくらいサービスしい」
「とんだサンタクロースやな、お前は」

石垣は御堂筋の言葉に呆れたように頭をかきながらため息を吐く。
そんな石垣を見ながら、御堂筋は空を仰ぐ。

願わくばどうか。
できることなら、隣でずっと。

と、隣で規則的になっていた靴音が止む。
それに御堂筋が眉を顰めながら振り返ると石垣がやはり、笑っていた。

「なんや、石垣クン。寒いんやからはよ歩きぃ」
「いや、そういえば言うとらへんかったなと思って」
「何をや」


「おかえり、御堂筋」


そしてまたへらりと笑う彼に。
御堂筋は頬が引きつるのを感じて、あわてて前に視線を向けた。

「くぅだらん、はよいくよ。肉冷めるで」
「ああ、そうやった。ケーキも冷蔵庫入れんとな」
「こんだけ寒いんやからケーキは平気やろ」
「確かにそうやな」
「・・・・・・石垣くぅん、ただいま」
「・・・お前、ほんとメンドクサイ奴やな!」
「煩いで。キミみたいに単純やないんや」
「お前がメンドクサイことくらいとっくにわかっとるよ」


気の利いたことも言えなくても。
本当に欲しい言葉を、行動を取れなくても。
願わくば、いつまでも。
自分の隣で。
そうやって、笑っていてくれますように。


こっそりと御堂筋は息を吐く。
その白い息は虚空にぽっかりと浮かび、そして冷たい空気に溶けて消えた。








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某JRがやっていたクリスマス・エクスプレス1989年版のCMをちょっとオマージュ。
あと個人的には92年版が東巻だと思います。(主張

material:Sky Ruins