描いた未来 そこにはお前がいたと言ったらなんというのだろう。 望んだ未来の果て 未来が見えるだろう? 不気味なまでに先を見通す友に高虎はかつてそういったことがある。 しかしその時、その男はいつもと同じように、表情すら変えずにそうだと、答えた。 そしてかつてしたのと同じ質問を、した。すればやはり彼は、そうだと、答える。 水面のように静かな佇まいで、彼は高虎の前に立っている。 それはやがて来る大戦など、まるでないと言わんばかりに悠然と、していた。 吉継は高虎の言わんとしたことを理解したらしい。す、と目を細めた。 「見えていても、見えずともわかるだろう。どちらが勝つかなど」 近々、徳川と石田の軍がぶつかる。それは火を見るより明らかだった。 秀吉が作った世を護りたい。その思いは双方同じであった。それでも二人はどこまでも相容れない。 お互いが背負うもののために、あの男たちは折れないのだ。 沢山の兵をぶつける総力戦になる。沢山の人が死ぬ。 しかし、その戦況はいくらか想像がついている。それは高虎の目に見ても明らかだった。 それなのに、この男が見通せぬはずがない。 そして、想像通り、吉継は理解していた。恐らく、戦いの筋書きも全て見えているのだろう。 しかし、それでも吉継は動かない。石田三成の傍から。 「だったら、何故お前は三成につく」 死ぬぞ。 そう、高虎は言った。自分で口にして正直にそれが実現することを恐れた。 だが、このまま吉継がその場所から動かなければ現実となる。 石田三成の一番の理解者。島左近と並ぶ軍略の持ち主。彼が今まで手掛けてきた功績を考えるとそのまま改易といった対応では済まないだろう。 ましてや、この三成に対する絶対的な親愛を寄せる姿は豊臣と同じ陣営にあったときに家康をはじめとした東軍の諸将ははっきりと目にしている。 未来に火種を残す危険因子として処断されかねない。 故に、今が最後だ。そう思い、高虎は吉継の元に足を運んだのだった。 しかし、吉継は恐らくそんな高虎の思惑も見透かしているのだろう。その美しい双眸を一度伏せると、まっすぐに高虎を見据えた。 「勝ち負けなど関係ない」 「関係ない?」 「ああ、関係ない。それはお前が一番よく知っているはずだ」 「……」 「俺たちは長政様のために戦ったではないか」 あの時、お前もわかっていたはずだ。 魔王と言われた織田信長に長政様が勝てぬだろうことも。 それでも、武器を取り、燃え盛るあの戦場で最後まで共に戦ったではないか。 吉継の言葉に、高虎は言葉を失った。 そうだった。あの時、確かに自分は、そして吉継は分かっていたのだ。 辿り付く未来を。そこにあるだろう景色を。 それでも全力で、駆けた。 そして今でも、吉継は同じ道を歩くのだ。その先に待っているものを知っていたとしても。 譲れないもののために。その道が高虎が選んだものと逆の道だったとしても。 「俺は、あの時と同じように三成を支えたいだけだ。その先に待つのが破滅であっても」 「吉継……」 「あの愚かで、不器用で、それでもまっすぐで曇りのない三成を支えたいだけだ。あの時と同じように」 あの時、長政様が紡いだ夢を追いかけたように。 今は三成と紡ぐ未来が、俺の夢なのだ。 「高虎。だから俺はお前の手は取らない」 「何をしてもか」 「ああ、何人たりともこの思いを曲げることはできない」 「ほんとお前は、頑固だよ」 「お前には言われたくない」 「わかった、もう言わない」 そういうと高虎は踵を返した。 態と親交を持ち、内部から瓦解させる作戦も三成と島左近がいる限り難しい。 すれば、今度はこの男を未来の戦場で叩き伏せるための策を講じなくてはいけない。 この男の厄介さは、恐らく自分が一番知っている。だから、自分が。 と、その時だった。 高虎。 声を聴いた。そう思った瞬間、吉継の指が、そ、と高虎の腕を掴んだ。 驚き振り返った高虎の頬に吉継の冷たい指先が触れる。 そのまま、添えられた指先に身を固くすると、至近距離で吉継が僅かに表情を歪めるのが見えた、気がした。 吉継はそれでもまっすぐに高虎の目を見据えると、言葉を紡ぐ。 「どうか、俺が死んでも悲しまないでくれ」 「それも見たのか」 「……」 「馬鹿か、お前」 だったら、俺を悲しませるようなことはしないでくれ。 いえなかった。 代わりに高虎は、華奢でしかし背の高い、そして何もかもを見透かしたうえで全てを受け入れ生きるこの悲しい男の背中を強く、抱きしめた。 material:Sky Ruins |