無双携帯サイトで書いていた小話ログ。


かなしい
午睡の夢
落日
夢路の果て
亡者の残滓




かなしい。



鳥の羽が散っていた。
その羽の持ち主は先日、部屋に舞い込んできたもので、三成が戯れに捕まえたもののだった。
その羽が、寝台の上に散っている。
白い布の上に、とけ込むように、だか不釣り合いに。
温度のない羽が散っている、指先で触れてみるが温度がない、それは生きてるものが持つほど暖かくはない、だが死んだ人間のように冷たくはなかった。

「どうした、三成」

後ろからかかった声に三成は振り向いた。
そこには先程まで執務を行うためのいすに腰掛け、腕を組み午睡を貪っていた男がいた。
寝起きのためだろうか、いつも以上に深く眉間に皺を寄せている、そして鬱陶しそうに髪をかき上げる。
さらりと流れた髪の先、三成の目に映ったのは赤紫に腫れた曹丕の右手だった。
その手は蚯蚓が這ったように赤く、紫に染まっている。

思わず、その手を掴んでいた。

「どうした、三成」

もう一度、酷くはっきりとした口調で曹丕は三成に言葉を発した。
その冷静さに、その無表情に、三成は戦慄した。

「殺したのか」

声が、僅かに震えたのがわかった。
曹丕が戦場で躊躇わずに人を殺す姿を見てきた、まるでゴミのように。
しかし、それは彼の利害に絡むことでありやむを得ないものだということも三成は知っている、しかし、あの鳥は利害を越えた存在だ。
味方でない以前にてきですらない。

「殺した」

その問いにも、簡潔にあくまで淡々と、男は返す。

「必要なかった、故に殺した」
「必要なければ殺すのか」
「ふ、不要なものにかける情などない」

曹丕は三成の手を振り払うと三成の前を横切り、寝台に歩み寄った、そして三成の手の中にある羽を右手で掴み、握りつぶす。
細い、羽の繊維が、散り、窓から注ぐ風に靡いた。
痛んだはずだ、しかし男の表情筋は僅かにもうごかない。


「下らぬ情をかけて、寝首をかかれてもかなわぬ」


曹丕は手を開いた。
いびつな羽が、風に靡きもせず、ただ塵として地面に落下した。
それを一別し、男はきびすを返した。
地面を叩き、部屋に反響する足音。
手の中にはまだ、あの冷たい手の感触が残っていた。

(かなしい男だ)



どんなに高い位置にいても、どれだけの人に囲まれていても、常に利害を計算し、無意識に鳥にすら裏切られるのを怯える男の。




歪んだ鳥のはねがえがくは孤独を解せぬ孤独な男のかなしいこころ。


top
--------------------------------------------------------------------------------



午睡の夢



――あれは夢か


午睡から醒めた、その時、目の前にあった顔に曹丕はそうおもった。
あの生意気な男の姿はない、あったのは見慣れた軍師の姿であった。
みてもあの男がこの男に付けた傷の片鱗は感じられなかった。
ただいつものふてぶてしい男がいる。

「曹丕さま、こんなところでなにをしておいでですか」

その言葉には応えずに立ち上がる。
歩きだした後ろを、男はため息をつき、ついてきた。
横からではない、後ろから聞こえる足音に、何故か無性に苛立つ。
この男が嫌いではなかった、あの男は毛嫌いしていたが曹丕は司馬懿を嫌っていたわけではない。
寧ろ唯一、曹丕の思考を汲む忠臣として重用してすらいた。

だか。

――嗚呼、夢だったか

その忠臣に裏切られたとき、男は笑った。
仲達に刃を突き立て、笑った。

――お前の側にいるのは何もこの軍師だけではないだろう?

そう、笑った。
曹丕の一瞬にぶった刃を見抜き、変わりに軍師に刃を突き立てた男は笑った。

――お前の覇道、俺が隣で支えてやる

吐き気がした。
あの一瞬、どこか救いを感じた自分に。
ため息を、つく。

「しれ者は他でもない、お前だ」

つぶやいた声に、仲達が後ろで僅かに息をのむのを感じた。
弁解することすらもめんどくさい、ただ捨て置く。



――あの時、殺すべきは仲達ではなくお前であるべきだったな



夢の中の血肉を持たぬ存在に突き立てることのできぬ刃を思い、曹丕は深く、眉間に皺を刻んだ。



++++++++++++++
夢オチ三丕。


top
--------------------------------------------------------------------------------



落日(午睡の夢:三成編)



「殿」

目を覚ませば、そこには腹心の部下がいた。
さこん。
名前を呼ぶ前に視界にはいった天井に三成は軽く目を見張った。
その天井は、酷く親しみのあるそれだったからだ。

なんで。

唇が思わず言葉を紡いでいた。
目の前の男が、殿、寝ぼけてるんですかと、揶揄するように笑った。

「左近がここにいるのが不思議ですか」
「いや…」

ふと、手をみた。
そこにはあのいけ好かない軍師に剣を、突き刺した時ながれた赤い液体もなければ、刀身自体もなかった。
ただ感触だけは鮮明である。
何度か手を開いたり閉じたりをしてみた。
しかしそこに実体は浮かび上がらなければ幻影すらも映らない。
それにと目の前にいる男に視線を移す。
この男は己の側を離れたのではなかったか、そして己に敵対していたはずだった。

体を緩慢に起こす。
そして視界にはいったのは見慣れた自邸の庭だった。
見慣れた植物、慣れた風に日本家屋の匂い。
そこに異国の景色も、何もなかった。
植物も。
装束も。
あの雄大な大地も。

あの、孤独にあらがう、男の後ろ姿も。

「そうひ」

意味もなく、呼んだ。
悲しいほど一人だった男はいつも鬱陶しそうな顔をし、それでも振り返った。
しかし、いない。
振り返る、あの男はいない。
あの青い男はここにはいない。

「そうひ、」

謝らなければならない、三成は立ち上がる。
あの男はきっと恨んでいる。
嘘を、嘘をついた三成を。
側にいた、天下をやるとまでいった男に、裏切られた時彼は泣いていた。
涙はなかった、しかし泣いていた、きっと。
それを切った、彼に言った、支えてやると、そういった、なのに自分は。

「そう…」

ひたり、言葉が消えた。
縁側から見えるは、自国の町並み。
行き交う商人、家路につく、少年たち、夕餉に急ぐ、女たちの後ろ姿。
なによりその向こう、落ちる夕日に、三成は言葉を失った。

燃える紅。
確かに色は同じだった。
それでも、違った。


肺を満たした空気の色が。



『俺が支えてやる』

あの言葉にあの男はなんと返したのだったか。
また鼻で笑ったような気がする。
しかしあの口角は確かに上がっていた。
あの男は、確かに笑っていた。

「どうしたんですか、殿」

外を見たままかたまった三成に左近は静かに声をかけた。
左近はどこか人を安心させるところがあると苦笑し、自分に言い聞かせるように、三成は続けた。


「誓いを、置いてきてしまった」
「誓い…ですか…」

「ああ」




「1000年も昔、同じ色の夕日を見ていた悲しい男との誓いだ」




1000年前の世界で生きてた男は、果たして笑っていたのだろうか、恨んでいたのだろうか、知る術もなく、ただ、三成は1000年という長い川の前で立ち竦んだ。

彼が追いつくことが出来ぬ故にもう二度と会うことの叶わぬ文献の中に息づく、彼。


+++++++++++++++
午睡の夢:三成編
曹丕に会えないのに嫌われたくない三成さんでした。
今度は二人でいる話を書きたいです。

top
--------------------------------------------------------------------------------



夢路の果て



「夢を見ているようだ」

頭上にはまっさらな青空がある。
目の前には果てのない地平がある。
そのような見慣れた景色を夢という男が曹丕の隣にいる。
薄い茶の髪を大陸特有の匂いを持つ風に遊ばせながら、扇で熱を逃がしながら。

「夢、だと」
「ああ、夢だ、古文書に生きたお前がここにいることも、秀吉さまが望んだ大陸の風を感じていることも」
「くだらぬな」

ふと、香る永劫の未来に曹丕は眉根を寄せた。
自分が、父親が望み生きる年月は確かに足りぬ。
しかしそれを思うも百年余りの話。
到底千など、それ以上など想像の及ぶ話でもない。
自分が生きる限界も仙人にでもならぬ限り長くて百、そこまで先ではうらやむにもうらやめぬ話だった。

「千も先、我らと同じことを繰り返しているとはな」
「まったくだ、人は大概、愚かな生き物らしい」

そういうと彼は破顔する。
その様はただ口角を持ち上げただけだが笑っているとわかる。
その様がどこか悠然として居、曹丕はそのことに苛立ちが募る。

千も先の世を知っていることへの憧憬ではない。
ただ自分の運命すら知って居、曲げることもできるのにそれをしない男に。
ただひたすら、口を噤む男に。


「三成」
「なんだ曹丕」


「夢なのならばよいだろう、貴様の知る私の未来を話して見せよ、さすれば所詮は夢、貴様の知るのとは違う未来があるいは、みえるかもしれぬぞ」


あたかも脅すように。
鞘に走らせた手を、三成は扇で征した。
それは曹丕に殺意がないことを、はじめから知っている、そういわんが如くに優しい、動作だった。

「それで歴史が変わったらどうする」
「どうもせぬ、私は夢なのだろう、ならば構わぬではないか」

「曹丕」

伸ばされた手を拒む前に。
ゆるりと指が手首に絡みつく。
伝わるは冷たい彼の指先の体温。

「ああ、夢だ、お前は夢だ、何時覚めるかわからぬ、それでも夢だ曹丕」
「ならば」
「だからこそ、俺は」


「今は、この腕がつかんでいるものを現実だと信じたい」




まるで現実に手繰り寄せるように縋るように絡みつく指に、一人慣れたはずのその瞳によぎる陰に。
何故か、振り払う気さえ起きず、曹丕はただ、勝手にしろ、とだけ呟く。


いつか覚めてしまう夢ならばはやく、夢と割り切れてしまえた方がどれだけ楽か。
初めて皇子ではなく、曹丕に絡んだ指を切り落とすことさえできず、彼の男の夢に佇む。


top
--------------------------------------------------------------------------------



亡者の残滓



首の後ろに手を回した。
しかしそこにあるのは他でもない自分の長い髪である。
滑らかとは言い切れぬ太陽と風に晒されたそれは自分の生きた人生の軌跡の一つだと言えた。

ついこの間までは。

(鬱陶しい)

無意識となった首の後ろに手を回してしまう仕草。
それはそこに残る一つの感覚が、もたらす仕草であった。
それに気づかせたのは軍師である男の言葉。
あの男が他意を持っていった言葉でないのはわかっていた、ただ気づいた、だから伝えた、それだけだ。
しかしこのように何度も、むしろこの仕草を意識した度に沸き上がる苛立ちに苛まれることを思えば、と軍師を恨みすらしてしまう。
しらしめられなければあるいは、と。

『曹丕』

呼ばれた声。
曹丕、そう呼ぶものの声。
曹魏に、また中国にすらいない、その声。
空気に靡いた髪を、引いた指。
頭皮がひきつるくらい、しかし首を持っていくほどではない力で。
ただそれは届いたから、長い髪が、動き出すその瞬間、最後までおいていかれるものであったから、絡んだ指。

『一人でいくな、曹丕』

曹丕と呼ぶものも、曹魏の嫡男にそのような行為におよべるものも、曹丕は一人しか知らなかった。

今、隣にいない、あの男一人だけだ。

(くだらぬな)

彼に乱されるのも、自分から離れた男が自分の中で息づいていることも、ただくだらない。
死ぬまで一人であることを決意した、それなのにその覚悟さえ揺るがし、側から消えた男に執着するかのような、それがただ腹立たしい。

ああ、そうかそれならばいっそ。

曹丕は側にあった鞘から剣を抜き取り背中に回した。
左手は。髪をつかみ、そして。






床に散った数さえ知らぬ人生の奇跡に。
曹丕はただ笑う。
さぁお前はここに住めなくなった、次はどうしてくれるかと。
笑う。




手を首に回す。
そこにはただ、滑らかとは言えない毛先が、その手に触れただけだった。

++++++++++++
曹丕の髪を切った理由。
とかどうかな…笑


top