繋がらない筈の手と手。



線状の世界の果て




「知らぬべきだと思うか」

広大な大地に夕日が落ちていた。
地平までくっきりと見渡せる、高台の上からまっすぐにひかれた線の向こうへと赤い光がゆっくりと沈んでいく。
世界を、同様に隣に立つ男の顔を焦がす赤光に時間の繋がりを感じた。
嘗て隣で太陽に焼かれた男が誰だったかそれは大して重要でなかった、国も時代も隔てた向こうで、同じ夕日を見ることができていることが無性に不思議だった。
そして同時に、自分が見てきた千年後の夕日が、彼の眼に映るものと同じ色をしていることを伝える手段のないことが不思議でもあった。
否、伝えてはならぬのだろう。
故に自分は口を閉ざしている。

「ああ、思う」

三成の言葉に曹丕は相変わらず感情を滲ませぬ声で簡潔にそうか、とだけ返事をした。
表情に微塵として乱れはなく、落胆した様子もない。
ただそれは決まっていることを確認するかのような響きであった。

温度のさがった風が、抜けていく。
空の端は既に藍に染まっていたが、曹丕は動く気配すら見せない。
その色を余すことなく網膜に焼きつけるかの如く、地平に視線を向けたままだった。
否、そんなことはもう彼の思考の端にもなく、彼の、本当は知りたいことに思考を向けているのかも知れなかった。
広がり続けてもけして実を結ぶことのない、三成が思考をまとめる鍵となるだろう、ことに。

じわりじわりと地平に赤が滲んでいく、藍がそこに溶け出していく。
混ざり合って紫、夜を描いていくその色。
永遠というべきその変化のなさ。
人の一生の短さ。
直線状にある時間、それがいま、切り取られ結ばれているだけなのだと、改めて知る。
彼がけしてみることのできぬ未来。
ならば知らせてはいけないのだと、いいきかせる。
どうせ教えたところで、同じ時代へとつながっていくことはできない、人は死ぬのだ。

「知らない方がいい」

唐突に、呟いた三成に、曹丕はゆっくりと視線を向けた。
絡む視線は、相変わらず温度がない。
しかし何所か確かめるような、試すような、見透かすような色を宿してはいる。
その色が、好きなのだと三成は思った。
迷いなく、後悔もなくただまっすぐと信念に基づいて走るのを可能にするその自信が垣間見える、その視線の色が。

「知ったらお前は迷う、絶対にお前は迷う」
「迷わん」
「いや、迷う、そして後悔する」

俺とであったことを絶対に後悔する。

そのような言葉は吐けなかった。
この男に自分の弱さを見せるのだけは絶対に嫌だったからだ。
しかしこの目は見透かしているのかも知れないと思う。
人物を見抜くのに長けた男だ、とっくに三成の弱さなど看過しているのかも知れなかった。

「私が歴史を変えることを恐れているのか」
「お前は変えられないさ、だから後悔する」
「何故そう思う」
「お前が未来をみたからだ」

「未来で生きる人間を見たからお前は歴史を変えられない」

男はそこで一瞬だけ、目を大きく見開き、またいつもの冷笑を浮かべた表情に戻した。
その通りかもしれぬ、そう呟いて。
そしてまた太陽が沈んだ後の地平へと、視線を戻す。
千年後も相変わらず訪れる夜を。
その様を見、三成は自嘲した。

嘘だった。
この男がそんなことを後悔するなどと三成は思ってなどいなかった。
この男は平然と未来を変えるだろう。
自分たちの生誕でさえ否定するかも知れなかった。
それでも、三成は恐れた。
未来をもし、男に教えて、それが変えることのできぬものであったとき、男は初めて後悔するだろう。
聞かねばよかったと、三成と出会わなければよかったと。
それが例えようもなく、嫌だった。
それならば多忙な日々に忙殺されてしまう方がいくらかましだった。

踵を返し、丘を下る。
振り返ったそこにいる人は、傍にいるはずなのに酷く遠く見えた。
あの背に男は世界を背負う、そして目の前には悠久の時がある。
その体を、大望を、時間を支えるのは自分ではない。
それはあの美しい妻や、聡明な軍師や、勇猛な老将や、勇敢な兵士たちなのだ。
届かない、それは男が望めぬ未来と同じくらい遠いものであった。
所詮、同じ世界にいない、自分達は直線状の世界にいる。
けして、交差してはいけないものだった。

それならばせめて一筋の禍根も後悔をも残さぬようにと、願う。
そう、迷いも曇りも微塵とない、その目で世界を見て、その手で道を切り開いていけるように。


「お前はお前の望むままに、お前の切り開く未来を生きればいい」

三成の言葉に、男は不敵に笑った。

「そのつもりだ」





目の前の地平には、千年後も変わらずそこにある、大きな月が。
ぼんやりと光を世界に注いでいた。

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あまりに曹丕に萌えたので、落ち付きましょう企画第一弾。
無双OROCHIから三成+曹丕
最強のツン(デレ)×ツン(デレ)だと思いました。
三丕、超好き!