鏡の向こうで笑う君へ。 そっちの世界は、美しいですか Beautiful world 「ロウラルは、光に満ちているのでしょうか」 目の前で光る、トライフォースを眺めながら隣で佇む姫は呟いた。 空は晴れていた。 雲ひとつない、快晴。 そのしたで燦然トライフォースが光を振りまいている。 それを見つめる姫の、この世界をずっと守り続けていた姫の金色の髪が、風になびく。 すっと伸びた背筋。まっすぐで曇りのない瞳。凛とした横顔。 その姿にリンクはある人の姿を重ねた。 遠い遠い世界。それでもこの世界とついにある世界。湖に映る上下逆さのお城のように、触れることのできない世界。 そこで、悲しくも一人荒廃した世界を見つめていた姫のことを。 ゼルダの対の存在である、ヒルダの姿を。 きっと今、彼女は突如目の前に現れたトライフォースに驚いているのだろうとリンクは思う。 知恵のトライフォースを司るゼルダと勇気のトライフォースを司る自分が願ったのは、トライフォースを失い、秩序を欠いた滅びを待つ世界にトライフォースを再び与えることだった。 願いを叶える、強力なもの。世界の秩序そのもの。 ロウラルを世界を救うために彼女が求めた方法はたしかに褒められるものではなかったかもしれない。それでもその気持ちは、世界を愛する気持ちはゼルダとリンクの気持ちに届いたのもたしかだった。 ただ一つ、憂慮するのだとしたら。このハイラルがそうであるようにトライフォースをめぐる争いが起きるのかもしれないことだろう。 あの聖石は世界を統治するのに充分な力を保有している。そしてそれは持つものの内面を反射する鏡でもある。力は人を狂わせると言うがあの聡明なヒルダでさえもトライフォースの力に魅せられ翻弄された人間だ。 故にゼルダは少しだけ、心配をしているのだろう。扉が閉ざされた向こうにいる、己の鏡のような姫のことを。 そんなゼルダの言葉を聞きながら全く不安に思っていない自分にリンクは気がついた。 確かに危うい姫だとは思う。それでも、なんとなく、大丈夫だろうとそんなことを思っている。 それは、彼女の隣にはあの男がいるからだった。 リンクの家に勝手に住み着いて、膨大なルピーを巻き上げた悪徳商人で、なによりリンクにそっくりな、あの男が。 『勇者くんって本当にすごいですよね』 どんな文脈だったかはすでに忘れてしまった。 それでもたった一度、彼がそんなことをいったことがある。 もちろん、何度か似たような言葉を言われたことはあった。それでもあの時だけは違っていた。普段ふざけたような物言いしかしない彼には珍しく、その声音は酷く切実で、羨望に満ちていて、悲しげだった。 それにリンクは一度顔を上げて、彼の見えない顔色を伺い、その不毛さにため息をついたまま黙殺をしたのだった。 意図も目的もわからない言葉。 彼もそれ以上は何も言わなかった。だから本意をリンクは図り兼ねたのだったがなるほど、今になって彼の正体と思惑を知った今ならわかるのだ。彼が言わんとした意図が。 自分の命をかけて、迷いなく全力で世界を救うリンクの姿に、彼は憧れたのだ。自分がなりたかった、表のリンクという存在に。 (でもラヴィオ、君はああいったけど、君の方がよっぽど) 彼の意思をそして、作戦の周到さと行動力を目の当たりにした今だからリンクは言える。 彼の羨望は多分、的外れなのだ。 臆病者で、自分の存在を卑下する傾向にあるからこそ彼は自分の価値に気づいていないだけで。 リンクは、勇者だとか選ばれたものだからと言われているから大層な人間のように扱われがちではある。しかしその実はただ、流されるように生きているだけだ。 周囲の期待だとか、役割に応じて行動しているだけに過ぎない。 もちろんそこに幾許かの己の意思はまじりこんではいる。だが、それが全てではないのだ。 それに比べてラヴィオは己で考え、己で世界を救うための手立てを考え、そして実行させて見せた。 そこには強い意思と、行動力と綿密な計画があったのだろう。 それを思うと、ただ望まれるがままに敵を切り続けた自分と、彼のどっちが価値があったかと言われれば、リンクの答えは即答できるくらいにはっきりとしている。 己の行動原理が全て自分の中から出ている人間がどれだけ強いか。 (もっと早く知ることができていれば) 君をもっと、尊敬をし、そして激励することができていたはずだ。君は自分にしてくれていたように。 そしてもっと話せたはずだ。たくさんのことを。たくさんのことを知ることができていたはずだ。それが、悔やまれてならなかった。 それでも、わかることがある。そんな彼だからこそ、ヒルダを、ロウラルを支えることができるのだ。 誰よりも、ロウラルを、そしてヒルダを大切に思う彼ならば。 リンクは一つ息をつく。 そして、口を開いた。 「大丈夫です、彼らなら」 もう二度とあの世界を闇に閉ざすようなことは起きない。そして光に満ちた世界を。 彼女と、彼ならばきっと。 リンクの言葉に、ゼルダは優しく笑った。 もう会えないもう一人の自分。 そっちの世界はあなたの手で。 material:Sky Ruins |