一蓮托生。
運命共同体。
そうであるはずなのに切り離されてしまったのは。
切り離したのは。





影を名乗る資格






だんだんと日が短くなっていく、それを窓の外の景色を見ながら黒子は感じていた。
いつもの学校帰り、ファーストフード店、手の中にバニラ味のシェイク、ガラス張りの指定席、そこから見える景色。
ほとんど同じ時間に来る場所は、春は夜闇に沈んでいて、夏の間は太陽がまだ存在を誇示していた。
しかし、夏を通りすぎ、秋に差し掛かった今、見慣れた景色は橙の光の中に沈みつつある。
秋が来て、そしてもうすぐ冬がくる。
冬が。
葉が地面を覆い、枯れ木が街に並ぶ、冬が。
そして誠凛が目標にしてきた大会が開催される冬が、キセキの世代がもう一度集う、冬が。
目を細め、その景色を思い少し憂鬱になりかけたその瞬間、目の前にがん、と大きな音が降ってきた。
驚いて見やれば、見慣れた山盛りのハンバーガーの向こうに、これもまた見慣れた赤い男が座った。

「相変わらず、食べますね」
「だって腹減るだろ、あんだけ練習したら」
「減りますけど、火神くんの食欲は異常だと思います」

火神のハンバーガーの山から一つ勝手にとり、噛り付く。
それに気にした様子も見せず、彼は器用に左手を操り、ハンバーガーを次々と腹に収めていく。
夏以降ずっと、彼は左手の動きの強化を称して、日常生活においても積極的に左手を使うようにしていた。
その成果だろうか、最近の練習においても、彼は左手の扱いがうまくなってきているのは一目瞭然であった。
苦手だった左手でのハンドリングもうまくなってきている、ジャンプの高さも。
今日の練習ではまぐれだったのかもしれないが木吉先輩のことをうまくかわしてシュートを決めていた。
たった一回だった、それでも彼は格段に進化している、進み続けている。

それに比べて自分は。

食べかけのハンバーガーをトレイに置き、黒子は自分の両手に視線を落とした。
夏の合宿において、緑間と火神の対決を見ながら、自分の課題を見つけることはできていた。
目標も、ゴールも見えてきてはいる、しかし最後の一歩がまだ、届かない。
部員を見ていても、夏から時間が過ぎ、課題も明確となっているからであろう、それぞれに徐々に実力が伸びてきている。
勿論、自分だって春に比べたら基礎体力も伸びたし、技術も手に入れたという実感は持っている。
だが、チームのための一歩が届かない。届いていない。

(このままでは、また置いて行かれる)

努力は、しているつもりだった。それでも。
黒子はかつての自分の中にも兆していた感覚を、久しぶりに思い出していた。
届かない、置いて行かれてしまう、その焦燥を。
そして諦念を、絶望を。

「おい、黒子、そろそろ行くぞ」

降ってきた声に我に返り、顔をあげる。
気付けば、目の前にあったはずのハンバーガーの山は消えており、もっと言えば自分が三口ほど食べてそのままにしていたハンバーガーすら姿を消していた。
自分の目の前に置かれているバニラシェイクもカップの表面に水滴がびっしりと浮かんでおり、机を濡らしていた。
まだ僕、飲んでいないんですけれど、そう軽口を叩こうとした。しかしなぜか乾いた喉は言葉を紡ぐことさえを拒否している。
その間にも火神はぐしゃぐしゃにしただけのハンバーガーの包みの山を持って椅子から立ち上がる。

置いて行かれるビジョン。
あの五人の背中に。
また。
それが、彼に重なる。

(火神くん、いかないで)

「あ?」

トレイを持ち立ち上がった彼が、怪訝そうに振り返った。
その顔を見て黒子も首を傾げる。

「なんですか?」
「いやこっちのセリフだろ」

彼の視線を追う、とそこには彼の制服の裾を掴んでいる自分の手があった。
しかも手の甲が色を失う程に強く彼の制服を握りこんでしまっている。ぎりぎりと音がしそうなくらいに強く。
その瞬間、黒子にしては珍しいことに完全に気が動転してしまった。

「あ、すいません」

慌てて手を離そうとした瞬間、黒子の手は空中でその動きを止めた。
正確に言えば止められた、が正しい。
火神の大きな手が後ろ手に黒子の手首を掴んだのだった。

「ついてこい」

驚いて、目を見開いた黒子の反応すら確認せずに、空中に浮いたままの黒子の右手を、彼は強引に自分の方に引き寄せ、そのままに歩き出した。
火神の力に引きずられるように立ち上がらされた黒子の足が机にぶつかり、カップがそのはずみで倒れ、すっかり溶けていたシェイクが机の上に零れ出す。
しかし、彼はそんなことを気にせずにまっすぐに出口に向かって行ってしまう。
そして黒子は肩越しに、床へと滴る白の液体を見やりながら、それでも彼の後ろについて行った。
はたから見ればその光景は連れて行かれた、が正しいのだろう、しかし黒子は自分の意志で彼の後ろについて行った。

ついて行きたいと思った。

(あ、そうか)

置いて行かれたのではないのだ。
帝光の最後の一年、自分は彼らの後ろをついて行くことを辞めてしまった。
信頼されていない、そう言い訳をして。
切り離されてしまったとそう勝手に思い違いをして。
しかしそれは同時に、自分が彼らの後ろを追いすがるのを諦めてしまったからでもあった。
自分のことを置き去りにして個人技に傾倒していく彼らに背を向けて、無様に努力して追いすがることを放棄してしまっていた。
自ら影を名乗った癖に。彼らに追いすがる運命を自分に課したのにも拘らず。

だけど、そんな自分の汚さを知ってもなお。
君は振り返ってくれるから。
伸ばした手を、掴んでくれるから。

泥水のなかでも、熱いアスファルトでも 。
涼しい木陰の小道も、ふわりと積もった雪の上でも。
天国のような雲の上でも、血の池の広がる地獄でも。
あの栄光へと続くバスケットコートも。

どこまでも。

君となら行けるのではないかとそう錯覚してしまうほどに。
君と同じ道を歩いていたいとそう錯覚してしまうほどに。

ずっと。

その思いだけで自分は前に歩き続けていけるのではないかと思ってしまう程に。

そうだ、うまくいかなくたって構わない。
大切なのは歩き続けていくことなのだから。
才能や、絶望に負けずに、無様にでも追いすがってでも、夢の先へと。
自分はそう決めてここに居る、そしてこの人と歩んでいる。
そのためにできることは、強くある努力をし続けること。
自分の限界を自分で決めてしまわないことしかないのだ。

「火神くん、痛いです」

胸に込み上げる熱いものに声が震えそうになりながらも吐き出した言葉に。
火神は、いつものように不適に笑う。

「我慢しろ」

夕暮れに沈んだ帰り道。
世界が暴力的な赤に染め上げられ、彼が作る影が一番濃く、大きく地面をおおう時間。
黒子の腕をつかんだまま振り返らずにまっすぐ歩く彼に気づかれないまま。
黒い地面にひとつ、こぼれた滴は吸い込まれてそして、消えていった。


もうまもなく、世界を黒が染め上げる。










material:Sky Ruins