もしも。
もしももう一年早く生まれていたら。
もしももう一年遅く生まれてきてくれれば・・・。


《追い越し車線》


学校内での接点なんて皆無に近いといっても良い。
いや寧ろ皆無だ。

移動教室のときにも、階が違えば教室の前を通ることもない。
合同授業といえども学年をまたがることはない。

それでもこの目は探してしまう。
あの綺麗な髪を切ってしまったあの人を。
はるかに自分より小さい身長のあの人を。
どれだけ追いかけてもけして届かないあの人を。
いつも。
いつもいつも。
そんな自分に気付くたびに自己嫌悪を募らせながら。

週末、金曜日、授業も大詰め、弁当の後、今日の最終。
教壇に立つのは、英語の教師。

机の上に、今日授業でやるページを開いておく。
赤や黄色、いろんな色で塗りつぶされた、英文。
しかし、意識は其処から放棄し、頬杖をついたまま窓の外へと注ぐ。
狭い教室に流れるクラスメイトの英語の発音のようなものでは、意識をここに繋ぎとめるには足りないという言葉をいくつ並べても足りないほどだ。
白と青と緑。
自身の教科書よりは使われている色の少ない世界のくせして、異常に明るい。
窓から入る風にカーテンがたなびく。
声も、届く。
計らずとも、重いため息が漏れた。

電子辞書を開き、英和を開く。
調べなれた単語を、舌先でなぞりながら。

追いかけっこ。
いたちごっこ。
終わりの無い。

ノートの端に二度ずつ、単語を記す。
書き慣れてきたためだろうか、形も整ってきた。

予習は完璧にこなしてはある。
いくら練習がきつかろうが先輩の深夜の特訓に付き合おうが其処だけは欠かさない。
くだらない教師の説教に付き合うのは骨が折れるしくだらない。
しかもこの時間、唯一交錯する時間。
窓の外、広いグランド。

「宍戸さん・・・」

三年生の授業。
あれはサッカーだろうか。
ボールを一心に追うあの人は、いつも通りの笑顔。
コートの中で見せる、あの眩しい笑顔。

サッカーなら自分、得意なんですよ。

それでも同じフィールドに立つことすら叶わない。
一年遅く生まれただけで、資格は与えられることなど永遠に無い。

簡単な話だ。
自分が幼稚舎の年長組にいるとき、彼は初等部の一学年目にいる。
自分が初等部の六年目にいるとき、彼は中等部の一学年目にいる。
自分が中等部の三年目にいるとき、彼は高等部の一学年目にいる。
自分が高等部の三年目にいるとき、彼は大学の一学年目にいる。
自分が大学の四年目にいるとき、彼は社会で労働し、社会に奉仕する。

追いつけない。
そして、置いていかれる。

たった一年と、先輩たちは俺ら二年生に笑って言うが、その差異は決定的なのだ。
いくら身長を伸ばしても、いくら知力と学力をつけても、いくら精神的に大人であろうとすれども

一生、埋めることの出来ないものがこの世の中には確かにある。

人生にもしもがあるのなら。

貴方の時間を一年、止めさせてはくれないでしょうか?

そうしたら追いつけるのに、全速力でその差をつめて貴方のところまで追いついて見せるのに。


「宍戸、さん」


交錯しない人生の交差点。
教室の一番後ろ、窓際の席。


ため息さえ、一年という時の狭間に落ちて貴方には決して届かない。


***end…

*****
鳳は頭が良いといい。
そんで全ての面で宍戸に追いつこうと一生懸命であればいい。
でもなんかやっぱりその差異が決定的で傷付いていればいいと思う。
貴方の傍にいるけれど何かが足りないんです、みたいな。
両想いだけれど、永遠の片思い。
宍戸は最強鈍い男なので、そんな鳳の心配は何のそのです。