水の張られた水槽
光の屈折で映る虚像
歪んだ表情
かいまみえた気がした笑顔


《金魚》


「なんなん、千歳、金魚すきなんか」

「ん…」

蝉の声が部屋の空気に染み入るように響いていた
風のないからりと晴れた青い空、清潔な白い色をしている大きな入道雲が窓から見える
時々、緩い風がガラスで出来たいかにも涼しい音を立てる安物の風鈴に歌を歌わせる
りり、りりと
対抗するように氷を沢山浮かべたガラス製のコップに入った麦茶を揺する
人為的に立てた音も風鈴と同じような音がした
硬質で慈悲のない、それでもどこか癒される音色
円形の水溜まりが机に残された

窓際には一つの水槽がある
窓の側、日光を燦々と浴びる場所に鎮座する
陽光を水面は弾き、屈折によって水中にはいった光はその中できらきらと光る
デカい図体をした千歳は自主練を終えて部室にはいって来てからそれに目を奪われていた
何時ものように張り付けられたのではと紛うような緩い固定された笑顔で
その横顔を部室にある長机に頬杖をついて眺める

「飲む?」

「ん…」

もう一つのコップを机の上を滑らせて差し出す
結露した水が静かに尾を引いた
千歳は水槽を大切そうに大きな両手で包み机の日陰になっている場所に置いた
多分水槽の温度は金魚の適性生活温度を越えている筈だ
水を透過して揺らめいていた日溜は消え失せる

しなやかな動きで緩やかに水槽を泳ぎ動く金魚
美しい金色をしたそれ
二本だけはいっている水草かそれとも雑草だかには小さな水泡がケーキの上にちりばめられた銀の飾りのように自慢気にきらめく
あれは何時だったか金太郎が縁日か何かで貰って来て飼い方が分からないからと俺に押付けてきた金魚だ
結局押付けられても困るからと部室で飼う事になったのだが
千歳は良く此を眺める
この優雅な姿が好きなのかしなやかさが好きなのか光の世界できらきらと光るのが好きなのか良くは知らなかった

最近までは

からんと涼し気な音がした
目を向ければ千歳が麦茶を呷っている所だった
筋肉のついた腕に節だった大きい掌
こんなに逞しい男の癖に、詰まらない感傷に襲われるのは少し意外な気がした

こいつが感傷に襲われる理由
知ってる
でも知ってないふりをする

優雅
そして孤独
金色

『蔵之介今度祭りがあったら教えてくれん?』

もうあいつ独りじゃないから…

「千歳」
「なんね」

コップが机の上に降ろされた
結露した水滴が机の上に飛び散り、千歳の指先から滴った

「明日祭りがあるんよ、皆誘っていこか??」
「…そやね」

千歳は緩やかに笑みを零した
溜め息しか…出なかった
何故こんなにも切なさに駆り立てられるのだろうと少し思った

千歳の指が飲み干された麦茶のコップから氷を取り出し、水槽に沈めた
水槽もからりと音を立てる



消えてしまえ



金色の金魚はゆらりと身体を捻り、俺を嘲ってみせた




end***

**** 白石→千歳→橘
千歳は金魚掬い下手そうなんで結局白石が出目金を6匹捕まえます…笑