まだ夢を見ている。
きっとまだ。


《夢見て描いたアカルイミライ》


部屋は闇に侵食を赦している。
いや、寧ろ誘い込むようにしていた、のほうが正しいのだろう。
世界へと開かれた窓は夜風を部屋に呼び込む。そして、カーテンが静かにはためいた。
冷たい風は部屋の温度を奪い、闇を一層濃いものにする。
外にあるのは霞んだ都会の夜空。
灰色、に見える。
街のネオンが投影されるといえども濁ったその色は、到底ネオンだけの影響ともいえないように思えた。
星を観賞する、など論外の行為のように思える。
それでもその濁った空のどこかには月が出ているのかもしれない。微かに黄色い光が見えたような気がした。

冷たいフローリングの上に二人座り、後ろにあるソファーに背を預ける。
眼の前の大きなテレビには、小さく漂う心地のよい音楽と、感じのよい演技をする俳優がいる。
字幕さえも鬱陶しいと論じる彼の所為で、話の内容は全くわからなかった。
実践的な英会話能力。それは、俺にはないものだ。
しかし、流麗に耳に流れてくる、呪文のような言葉は全く不快感を齎しはしなかった。
むしろ、その音に、満足すらした。

床に広げられた、すっかり冷めた食事にフォークを伸ばす。
始めこそ、彼は行儀が悪いといったが、もうそれは如何でもよくなったようだった。
むしろ、進んで床に並べるようになった。
そんな些細なこと。それでも充足する自分。
案外自分も単純な人間だと思う。
彼はといえば、真剣な顔をして画面に釘付けになっている。
彼の真剣な顔は好きだ。
画面を見るのに飽きたら、大体はその横顔を眺める。

「ねえ、今何処まで話が進んだ?」

返事はなかった。
射すような沈黙に、お情け程度に流れる静かな旋律。
自分の呼吸の音と、むしろ心音まで聞こえてしまうのではないかというほどの静寂。
返事を諦める代わりに、肩にすこし体重を掛けてやった。
彼は一瞬、振り払う素振りを見せたが、結局そうはせず、素直に体重を受け止めた。

逃避行の話。
DVDの後ろに書いてあった。
台詞が止み、景色が画面に大写しになったとき、彼は息を抜き、まだ、といった。
一応、俺の言葉は届いていたのかと一瞬、驚いた。

口に銜えていたフォークを皿の上に投げ出す。
がちゃんと、大きく音を立て、空になった皿の上を滑った。
そしてもう一度体重を掛けなおす。
今度は振り払われることもなく、猫にするように、髪をぐしゃぐしゃにされた。

そして画面の世界に、意識を沈める。

相変わらず話の大筋はよくわからない。
多分よくある話だろう。よくある話。
出会ったらいけない二人がであって、恋に落ちる。
そしてどうにもいかなくなって、愚かにも現実から逃亡するのだろう。
何処にもいけないことを、見てみない振りをして。
誰か教えてあげればいいのに。
若いだけの二人なんて、何処にも行くことができないってことを。

男が、古ぼけた車を引っ張ってきた。
女は、静かに泣いていた。
それは、嬉しいのか、絶望を映したそれであるのか、見当は付かなかった。
興味もなかった。
ただ、行く末が気になっただけだ。

逃げ切れるのか。

結局女は男に腕を引かれ、その車に乗せられた。
田舎の夜の道を、土煙を上げて車は走っていく。
誰も彼らを呼び止めなかった。
きっと今は気付いていない。
気付かれないような、二人の脱走、小さな足掻き。

そこで、話は途切れた。

「はっぴーえんどですかこれ?」
「なんだろうな」

興味を削がれた様に、彼は大きくため息をついた。

「・・・ずるくない?望めば無理があっても夢は叶うってことですか?」

彼と同じように、深くため息をついた。

叶って欲しい夢なんて、そんなもの沢山ある。
そしてそれが全て叶わないことぐらい、承知してはいる。

それでも夢を見ていた。
子供が無責任に将来の夢を語るように。
パイロット、医者、宇宙飛行士。
同じようにささやかに。

キミとの幸せを。

始めは知らなかった。
この世界万人に幸せになる権利があるように、それはきっと自分たちにもあるのだろうと思っていた。
いつか、来る未来にも、当たり前のように彼がいて、それが認められているんだろうと思っていた。

愚かにも。
気付いていなかった。

降りるか乗り続けるか。
止まるも休むも、逆走もない、不完全な世界。

逃げれすら、しないのだとも。

「跡部くんー」
「なんだよ」
「いつか一緒に逃げようよ、こんな中途半端じゃなくて」
「あのな・・・」
「別に約束しなくてもいいよ」

夢でもいい。
せめて夢を見させて。
仮初でも良い。
虚構で構成されたアカルイミライ。
きっと完全すぎたらそれはそれで信じることも出来ないだろう。
そしてその先。
幻でいい。
それでいい。

そうしたら今しばらく、キミノソバニイラレル。

「しょーもねえやつだなおまえは」
「しょーもない人と一緒に居て楽しそうな君も十分しょーもないよ」
「まあな」

楽しそうに彼は笑う。
部屋は暗くても、その笑顔はしっかりと見えた。
きっと記憶に焼きついているから、というのも確かにあるのだろう。
俺も、笑う。

「まぁ、十年後、まだ、お前が隣にいたら、考えてやってもいいぜ」
「・・・それ逃避行でもなんでもないじゃん、てか十年とか絶対無理だと思うよ、跡部くんみたいなひとと」
「お前なんかのために俺様が人生を棒に振ると思ってんのか?どれだけおめでたいんだお前は」
「うわ・・・まあその通りですけどね〜」

綺麗なエンドロールは終わり、画面は死に絶える。
直ぐ傍にいるはずの、彼の顔さえ闇に溶けていた。
微かな蟠りを感じ、闇の向こうにいる彼に腕を伸ばした。
すれば、確かな力と、熱を持った腕で、確かに抱き寄せられる。
まだ降りてない、まだ乗り続けていると、そう、証明する。
その確かな力。



まだ夢を見続けている。
きっとまだ。



君の傍で。



**END**

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跡部千石って、妄想するの大好きなんですが。
イメージどおりにかけない・・・涙
作中の映画、ないですからね、勝手に作りました。
洋画見ないので。