湿った空気に呼ばれるように眼が覚めた。 まだ覚醒し切れていない脳でゆるゆると世界を紐解いていく。 身体はまだ血が巡りきっていないのだろう縫い止められたように動かない。 それでもただひとつ。 それだけを理解した。 外に開かれた窓は小さい。 本棚に並ぶ本は実用性には程遠い。 時計は正確に残酷に世界を刻み、曜日を違える事すら許さない。 そして、壁に立てかけてある使い込まれた一本のラケット。 ここは彼の家ではない、彼の属している空間ではない。 そう、気が付いた。 窓の外には雨で漆黒に塗り固められた世界。 この黒い世界は何日自分の前に存在しているのだろうと、そう漠然と考え、首を振った。 多分そんなことはどうでもいいのだ。 携帯電話に眼をやった。 相変わらず着信も、何も無かった。 前まで、下らないやり取りを毎日していたメールだってもう何日、いや、もう何週間も送ってはいない。 考えないようにしていたこと。 考えるのを避けていたこと。 ━━━会いたい・・・ そのことについて一瞬だけ思考し、自嘲した。 きっと待つ必要なぞ何処にもない。 いっそ、我慢する事等も何も無い。 財布から、必要な交通費だけを持ち出し、外へと出た。 しとしとと降り続けるそれに体を曝して、上着で雨の冷たさを隠し、でも雨の匂いを取り込んで。 また、彼の部屋に雨の匂いを連れ込んで。 それを鬱陶しそうに見やる彼の表情を想像する。 なんとも愉快だ、そう仁王は笑った。 *****END***** |