もういいかい、まあだだよ。 《hide and seek》 「みつけた」 下から聞きなれた声が仰ぐ。 木の葉を揺らす夏の風と、木の葉を透過して頬に降り注ぐ淡い陽光に引きずられ気味だった意識をその声で浮上させる。 背中と腰に蘇る硬い感触と、落下を防ぐために絡めた足。 目蓋を開け、声がしたほうに視線を投げれば、少し汗を浮かべた見慣れた人が眉根に皴を寄せながら仰ぎ見ていた。 しかし、其処に微かに浮かぶ嬉しそうな表情を見落としたりはしない。 「ふざけた真似はもうこれ限りにしろと、何度言えば貴方は理解してくれるんです?」 「理解はしとうよ、只実行せんだけじゃ」 ワザと鼻で笑い飛ばしてやれば、思った通り、柳生は大仰に眉を顰める。 そんなにあからさまに不快な態度をひけらかされても彼が其処まで不機嫌でないことぐらい百も承知だ。 それは一応、優等生である彼が儀礼的に見せる態度だ。 正しい行為には賞賛を、間違った行為には説教を。 「作為的行為ですか」 「ワザと」 ぴくりと彼の形のいい眉が攣りあがる。 少し怒らせて仕舞ったようだが、久しぶりに敵意を向けてくる彼と対峙するのも一興だと思いそのままにする。 さて、彼をどう丸め込むか。 嘘で塗り固めたそれらしい理由で交わしてしまうのも手だ。 暫くにらみ合いに近い攻防が続く。 しかしこの暑さでは彼の怒りを持続させることは出来ないようで、彼は諦めたように目を伏せた。 「もういい加減にしてください、まず其処から降りてきてください」 意地悪く笑いかければ、一層に、彼はその眉をきつく寄せた。 **** 「ミイラ取りがミイラになってどうするんです」 「そうさせてる」 「・・・貴方って人は・・・」 「ん?」 「本当に、どうしようもない人ですね」 「お前も・・・な」 眼鏡を外してやると柳生はゆるりと目を伏せた。 木陰の少し温度の下がっている木下。 『みつけた』 あの言葉を初めて聞いたのは何時だっただろうか。 確かあの日は練習メニューが退屈極まりないトレーニングかなんかの日だったような気がする。 柳生が派遣される前は柳や真田、ブン太やアカヤが探しに来たこともあった。 多分、彼が来なかったのは後輩の練習の相手を喜んで務めてくれるお人よしだったから、多分それだけだ。 奴らにとっての最大の誤算は行動パターンを読みきれなかったこと。 あいつらが探しても平均して二時間ほどは見つかることがなかった。 しかし拍子抜けした。 あの日、どうせまた二時間ほどはこのままでいられるだろうと木の上でまどろんでいた時だった。 聞きなれた声が・・・した。 『早く降りてきたまえ、皆怒っていますよ』 『なんで・・・?』 お前がここにいる?と何でこんな簡単に見つかることがある?が言外に如実に滲んだ。 唇を噛んだのを覚えている。悔しいと、そう思わせる男だ、あいつは。 彼は見透かしたかのように得意げに、それでも優しく微笑む。 「『どこにいたってわかりますよ』」 唇の動きが、記憶の中の柳生と重なる。 柳生は片眼だけを薄く開け、自慢げに笑みを浮かべた。 「まだ、あの言葉の真偽を?」 「そんな女々しいことせんよ」 「・・・まあ・・・十中八九、術中に嵌まっているのは私なのでしょう?」 「罠だって知ってて来るお前も相当」 「・・・確かに」 三十分したら起こしてください、ここが絶対人に見つからない場所ならば。 そう言い残すと柳生は目を完全に閉じ、直ぐに寝息を立て始めた。 風が梢を揺らし、柳生の頬の上に影が流れる。 首筋を一筋の汗が流れていくのを認め、指先でそっと拭ってやるが、寝息は乱れることはなかった。 三十分。 それなら見つからない自信は十分にある。 柳生の隣に身体を横たえ空を見上げた。 ゆるゆると白い入道雲が大空を横切っていく。 この三十分を手に入れるためにお前を鬼に仕立て上げる、そういえば、お前はなんていうだろう? ああ、どうせそんなの三十分を享受するために鬼になって差し上げてるんですと交わされるのがおちだ。 多分。 「柳生はまだ戻らんのか」 「ああ、柳生には仁王を探しに行かせたからな、あと三十分ほどで戻るだろう」 「・・・三十分・・・」 「いいよ、真田、お前が探しに行っても。でもどうせね・・・」 「仁王を見つけられるのは柳生だけだから」 もういいかい、もういいよ。 ***end*** |