──同じだな 声が降って来た方を見やれば見慣れた友達の姿があった。 ユニホームを着ていないといけない筈の時間である放課後の体育館裏。 喧騒から逃げるように辿り着いて年中湿気と鬱屈した空気に満ちた鬱蒼と木が茂る場所。 こんなところで暇を潰すのは全く不本意であったがとくに拘った訳では無い。 たださらさらと風に揺れる葉の動きを目で追っていただけだ。 そしてここはとにかく人との遭遇の可能性が一番低い。 学校の告白の定番と言えば体育館裏なのだろうが誰が好き好んでこんな場所を選ぶだろうか? なにが?とも問う必要すらない。 嫌になるが否定する必要すらない。 ただ人差し指と中指の間から立ち上ぼるそれと傍らに置かれた少しひしゃげたそれと周囲に漂う匂いが如実に証明するだけ。 彼は咎めもせず自分のを取り出し、何時ものように火を付けた。 しゅるりともう一筋、立ち上ぼる。 ──誰が私に煙草の吸い方を教えたとお思いですか? 鼻で笑い飛ばせばそれもそうだと彼は肩を竦めた。 互いに見慣れたパッケージ。吸う理由も経緯も良く知っていた。 苦笑で返せば彼は楽しそうにフィルターを唇に誘う。 肺を紫煙で満たす行為を体が洗われるようだ、そう形容したのは彼だったか、あの部長だったか、それとも自分が渇望する彼だったか。 それとも自分だったか。 苦笑し、肺を汚す。 始めは清められて行く錯覚を味わったものだが今はただ汚されて行く感覚しか味わえない。 彼に染められて行くことはかつては至福だったときもあったのにと。 今は彼に染まって行く自分も精神的依存を求める心と体も全てが煩わしく、鬱陶しく、面倒だった。 彼の匂いが体に染み付く。逃れたくても逃れられず絡めとられる。泣き言を吐く事すら自分にも許せない。 ──お前も大概自虐的な性格してるよな ──お互い様でしょう? 緩く笑えば彼も笑う。 その通りだと肩を竦めて。 はじめはただの出来心。 屋上でお互い干渉せずに授業をサボっていたときに彼がおもむろに吸い出したそれ。 少しキツイその匂いに眉を顰めれば、彼シニカルに意地悪く、そして自慢げに。 『吸った事無い?流石じゃの優等生さん、煙草を吸うまでは堕ちんってことか?』 それに苛立ったことは覚えている。 それに苛立って仁王のそばに落ちていたパッケージに手を伸ばし、ライターで火をつけた。 無遠慮に流れ込む濃度の濃い、煙に咽込みそうになるのをどうにか抑え付け、どうにか吸い切ったのを覚えている。 周囲に立ち込めた少し、匂いの残るそれと、吸った後に何か喉に残るそれに不快感を感じもしたが、爽快感が確かにあったのを覚えている。 平然とした振りを装って仁王に挑戦的に笑んで見せれば、彼は珍しく大声を張り上げ高らかに笑った。 『よかろう?直ぐに癖になる』 『そうかもしれませんね・・・喫煙すると・・・』 やはり自分の言葉だ、体が洗われたような気がすると洩らしたのは。 それから幾度となく彼と煙草を吸った。 いつも仁王から一本貰い、週にニ、三回のペースで吸う。 安いライターといつも同じ銘柄。 仁王が纏う匂いと同じものを共有して。 しかし、彼は知らない。 柳生の部屋の机の上にあるものが仁王と同じ銘柄の煙草の箱で、同じ色、同じ形の百円ライターだということを。 今、柳生が吸うそれが仁王がいつも吸う、それであることを。 吸い方も吸う理由も、全てが彼の持つものと同じになった。 教わるんじゃなかった、煙草の吸い方なんて。 気付けば彼と同じ銘柄、同じ吸い方。彼の影をそこに追っている自分。 それにイラつけば衝動的にタバコの伸びる自分の手に更に自己嫌悪を募らせて。 無限ループ、矛盾の連鎖。 ――気付いてもらおうなんて、お前も愚かだ。 ――判っています、十二分に承知済みですよ。 煩わされているのもちゃんと判っている。 煩わされている理由も十二分にわかっている。 ただ、その証明を求めているだけ。 ただ一言、その一言で、この喫煙が苛立ちを募らせるもの以外に変容することをただ。 無意味の行為から、意味ある行為へと。 ――部活にいきますか。 ――ああ、そうだな。 携帯灰皿に吸いかけの煙草を捨てようとし、しかしやめる。 今まで自分たちが座っていたコンクリートの端に、そっとまだ火の付いたままのタバコを立てかける。 ゆるゆると紫煙は空を目指していく。 ささやかな主張。 これが彼の吸うものと繋がればいいのに。 そしてこの無限ループの無駄多き世界から引き上げてくれる糸となれば良い。 そう考え、苦笑した。 end・・・ ***** 仁王の片思いは何度か書いた・・・気がしないでもないので柳生片思い。 仁王はどちらかというと相手に有無を言わさず、自分の思っていることずけずけといえばいいけど、 柳生は気付かれないように隠して、でも気付いて欲しい人。 吸った事無いんで爽快感があるかは謎。 |