明るい陽光で満ちた部屋で響くのは流麗な音楽
綺麗な指から紡がれる旋律はそれは優雅に空間を揺るがせ鼓膜を打つ
部屋の中央に設えられたグランドピアノには一人の男子生徒が体を凭れさせてその演奏に眼を細めながら聞き惚れる
幸せそうに至福の余韻を噛締めて


《至福》


ピアノの音が止めばオレンジの髪をした男子生徒は掌を叩いて弾いていた方は呆れ顔でそれでも満更ではなさそうに笑った

「流石だね、跡部くん」

「つか・・・お前よくばれなかったな」

「流石でしょう?」

忍足くんにね、借りたんだ

いつもの白い学生服ではなく見慣れた自分の学校のを着た見慣れた男はいつもの奔放さをすこし制限されたかのような風貌に映り少し不自然だ
しかしこれも余り悪くないと跡部は思う
生活領域を超えるなにか
普段距離が遠いだけに久々に近くに感じることに少し胸が高鳴る
普段は電波に文字を乗せるだけだから

「そんな派手な髪の色してんのにな」

「この学校大きいしね、それにこの制服の効果は絶大なんだ」

「はっ言ってろ」

「へへ」

ひらひらと袖を振ってみせ、にこりと彼は笑う

「もっと弾いて」

「なにを?」

「歓喜の歌」

俺、仕合せだから

千石は笑い、跡部はまた鍵盤に指を滑らす
また零れだす旋律
心地よい音色に心を預けて
音に影響が出ないように息を殺して体いっぱいに音を感じて
音は空気はおろか心までを震わせ満たす

心地よい、そしてただただ仕合せ

3/4ほどを弾き終わったとき千石がピアノに頭を伏せているのに気が付いた
音を止めて声を掛ける
すれば彼は仕合せだとただ繰り返した

「俺様といるときくらい仕合せでないと困る」

「うん・・・でも・・・」

「俺はラッキーだから仕合せなんじゃないんだなって思って」

「なにが」

「俺回りにいる全ての人のおかげで仕合せなんだなって」

生んでくれた両親とそこに在った環境と今俺と一緒に居てくれる人たちと

「勿体無い位だよ・・・仕合せ」

彼は言い、そのまま動かなくなった
突然脈絡なく映り行く思考に言動
千石の特質なる性質を垣間見る度彼が深く、飛ばされるように過ぎ行く世界にいるのだとそう如実に示される
能天気なのはただのポーズでしかないのだと

窓の外は緩やかな春
彼と過ごす最初の春
青空が薄紅色に染められる季節

「仕合せ」

吐き出すように重く

仕合せなど何も考えずに享受すればいいものを
少なくとも自分はそうだと跡部は思う
溢れるような仕合せと、そして当たり前の日常と

「ああ、そうだな」

再び、鍵盤に指を滑らせた
もう一度はじめから歓喜の歌を
千石は殆ど動かない
泣いているのかもしれない
あとで抱き締めてやろうと、一層、演奏に力を込めて


それなら溺れてしまうほどの仕合せを
心が窒息し麻痺するまで・・・


仕合せの正体など、まだ知らなくていい



end・・・

*****
頼むから季節守ってください→自分