夕暮色の車内にただ立ち尽くす 行く先はただコンクリートの箱の家でそれに少しだけ絶望した 家まで何駅で付くだろうか 久しぶりに帰り道が一人なのもあってたまには数えてみるのもいいかもしれない そう思って数え始める しかし五まで数えたところで右の制服のポケットから鈍い振動が伝わって そのメールの持ち主がこの前戯れで付き合った女のものだと知りせっかくの気分を害される いらないメールをまとめて開く前に消す するとそこに残るただ一人の受信履歴が目に入った 要らないメールは直ぐに消してしまう自分だけれど ずらりと並ぶ跡部景吾の名前 ふと思い付いて携帯端末から占いのページに繋いで 『射手座の今日のラッキーカラーはオレンジ』 窓から見える景色の色を確かめて 次に着いた駅に降りて向かい側の電車に乗り込む 思い立ったが吉日だと一人笑う 《カラー》 知らない方向へと走る電車 見知らぬ景色 胸がただ高鳴る 風景はただ都会へと向かい、排気ガスで汚れた街を追い越していく この白い制服がこの街ではきっと白に見えないのだろうなとか取り留めないことを考えながら 風に舞う彼の髪の色を思い出して 知らない駅で降りて知らない電車に乗る 彼が住む街への最寄り駅を携帯で探して地下鉄に乗り在来線も私鉄をも乗り継ぐ 財布の中身を少し憂いはしたが彼にたどり着けばきっと帰りの電車代くらい貸してくれるだろう 少ない財布の中の紙切れを機械に飲み込ませて そして吐き出された小さい切符を掴んで 意外に遠い 大会とかで会えばたがが数百メートルの距離なのに 彼の学校のある駅に下り立つ 彼が着る制服と同じ物を纏った人波を掻潜って学校を目指す しかし人並みの中に彼を見つけることは出来なかった いつだって雄雄しく、集団の中で殊更人目を惹く彼はまるでライオンのように だからこの眼に留まらないはずはないのだ 学校にたどり着き、テニスコートに回り込んでもそこに彼はいなかった 今日はアンラッキーデイ そういえば今朝の占いは十位くらいだったかもしれない 焦って駅まで戻る まだ時間はあるだろう まだ自分の領域に世界はある 切符の券売機に最後の千円札を飲み込ませ、それを数枚のコインに変えて 戯れに百円玉を宙に弾き、裏、と小さく呟いて手を開けばそこにあるのは裏側を向けた百円玉 まだ大丈夫 切符に小さな穴を開け、滑り込んできた電車に身を翻す まだ確かに世界の色はオレンジ色 何度か降り立った事のある駅で下車して、駅前通をゆっくりと歩く 本来ならケーキでも買って行って彼を喜ばせるのもいいのだけれど今財布にはそんな余裕はなかった 学校なんてよらずに来ればまだ余裕はあったはずなのに やはり今日は運が悪い 突き当りまで行けば目の前に綺麗に整備された川原が見えてきた 土手に上がってゆっくりと歩く 自分の影が右隣に並んで酷く時間がゆっくりに流れるのを感じる 緩い風が髪を梳き、少し水の匂いを孕んだ風が鼻腔を擽る きらきらと夕日を乱反射する水面 そして目の前で最後を告げようとする太陽と、タイムリミットと 彼のマンションまでもう少し もう視界に彼の部屋が見える 電気のついていないい小さな箱 でももう時間が切れる 仕様がなく自分の携帯電話を取り出し、アドレス帳から彼の番号を呼び出す 何ヶ月声を聞いていないだろうと一瞬迷い、彼が自分の声を忘れている可能性を憂慮し、それを振り払う 耳にあてて彼の声を待つ ここで彼が出なかったら自分は帰りどうすればいいのだろうと 今、彼が誰か知らない女を抱いていない可能性は必ずしもゼロではないことと 部活のメンバーで夕ご飯を食べに行く中途である可能性もと しかしそれは杞憂で終わる 『あ?千石か?』 「あ!跡部くん?!」 不意打ちを食らって一瞬声が上ずり、彼は電話越しに意地悪く笑う 『なんだ?急に・・・久しぶりだな』 「あ〜えとね・・・夕日が綺麗だと思って?」 水面に消えゆく夕日を見て それを網膜に焼き付けて 電話は音声しか伝えられないことに今更のように気付く 視神経を電話に繋いで彼に見せてあげれればいいのになとかまたくだらないことに思考を没頭して そしてがくんと世界が揺れた 足元を踏み外し思わず声を上げる ずると土手を転がり芝生塗れになって笑えば電話越しから彼の焦り声 『大丈夫か?』 「あ・・・うん・・・こけただけ」 耳元で水が流れる音がした 仰向けから見える夕空はもうオレンジ色ではなく薄い紫色に変わっていく ただ消えゆく太陽が燃えるようにオレンジを呈すだけ 「効果が切れたみたい」 へへと笑って体を起こそうとしたら鈍い痛みが左肩を走る 思わずつぅっと声を出せば彼が心配そうに呼ぶ 『千石?どうした?』 「あ〜大丈夫大丈夫!心配要らないよ」 『今・・・もしかすると近所か?』 「なんで?」 『川の音』 「あはは!正解!君の部屋もここから見えるよ」 改めて見れば後三十センチのところに水が流れていた ああこんな小さな音でも彼には届くのか そう思うと少し胸が熱くなる 彼の部屋を見上げてみる カーテンが揺れた向こうに一瞬彼が見えた気がした 『少し待ってろ』 「え?あ・・・うん」 回線の途切れた電話とそこに示された通話料金と 体を起こす気にもなれず、そのまま空を仰いで またふと思い立ち、今度は違う占いのページに繋ぐ そして天秤座のラッキーカラー 「出来すぎてる・・・」 世界の色はもう変わってしまっていたけれど まだ幸運な時間は止まらない 彼の近づいてくる足音に意識を寄り添わせながら一人笑う 天秤座のラッキーカラー、千石清純の色、オレンジ ああ・・・そういえば 天秤座は今日 一位だったかもしれなかったと 少し、考えながら End・・・ ****** 夕日が沈むのにこんなに時間は掛かりませんね・・・すいません つき合う前 キヨは神出鬼没な人です 跡部に文句言われても一向に直しません 行き当たりばったり思ったままに彼は生きてますよ(私の脳内で |