あと何年という確証すらない。
来年存在するかも判然としない、貴方といることを定めた日。


えそうな日




「いつまでこうしているんでしょうね、私達は」

嘆くように柳生は笑った。
それは誕生日を迎えたものが持つような喜びは全くと言っていいほどに投影していない、そのような笑顔だった。
また一年たってしまった、何の変化も変哲もなく、この関係は存在し続けている、そう言わんばかりの笑顔だった。
仁王は机に頬杖をついたままに曖昧に微笑んでやった、確かに、そう同調するのは簡単だった、仁王もまた一年がたってしまったと思っている。
しかしそれが柳生に納得を与えるわけでも、安心を齎すわけでも、ましてその感傷を消すこともかなわぬことも仁王は知っていた。
憂鬱そうな表情にかかる茶色の細い髪が僅かに揺れる。
窓から入る光源に僅かに揺れる髪が作り出す僅かな髪の影も、望まなくともずっと変わらずにあるものの一つだった。
このお世辞にも整然としているとは言えない部屋でさえも。

「さあ」

部屋の中央にある机に頬杖をつきながら揶揄するように仁王は答えた。
仁王の返答に柳生は不快そうに眉根を寄せる。
そしてその様もずっと変わらずにあるものとして柳生は把握したのだろう、一瞬絶望した表情を作りため息をついた。
変わらない、そう仁王は思う。
もう何年一緒にいるかなどは数えるのはやめていた。
しかしこの男は変わらない、相変わらず表層的な部分は流動していっている、しかし核になる部分が、確かに。
確固とした自分を持っているところも、同族嫌悪の延長で仁王を嫌悪しているところも、同時に同族意識で仁王を嫌えずにいることも。
絶対的な部分で、どこか惹かれているところも、しかし未来が確定した先に仁王がいなければ簡単に離れて行ってしまいそうなところも。
そこに興味は尽きない、仁王も柳生を気に入っていた、根源的に言えば確かに好いている。
どうしようもなく。

「面白いのう、お前さんは」
「別に面白くないですが、私は」

憮然とした表情を作った柳生に仁王は笑う。
変化を望むようなことを口にするくせに変化を求めているかのようであるのに変わらない柳生が。
酷く矛盾していて興味深く、同時に愛おしかった。

柳生はそこで言葉を切り、右手にある窓の方へと視線を向けた。
窓の外ではほぼ夕日が地平に没している、もうすぐ夜に世界は侵される。
じっと動かない柳生に仁王は会話が終わったことを判断し、少し体勢を変えるとフローリングの上に寝転んだ。
足が当たり、積んであった本が崩れ大きな音を立てた。
何冊か不自然に床に落ち、ページが折れたような格好になっているのを見たが、柳生は興味を示さない。
彼がどうでもいいと考えているのであれば治す必要もないだろうと、僅かに赤い光源によって染められた天井を見上げながら、仁王は目を閉じた。
静寂が落ちた部屋に響くのはベットの傍に置かれた目覚まし時計の秒針だけだ。
それ以外には音はない。

その沈黙と少し籠った空気に神経が安定し、緩慢な眠気が訪れた時だった。

「仁王くん」

目をあけ、緩慢に視線を男に映す。
柳生は相変わらず窓の外を見ながら、やはり苦笑するように先刻の質問を、繰り返した。



「私達はいつまで、お互いの誕生日に託けて隣にお互いがいることを確認していくんでしょうね」



柳生は抽象度が落ちたその言葉に、仁王がさっきの真意を判断しかねたと判断し、非難を混ぜたのか。
本当はその通りでとっていたのにという非難を折り返し、仁王はまた同じ返答を、繰り返す。
苦笑を、するように。



「さあな」



何年一緒にいるかなんて数えることはもう既にやめていた。
しかし、数えるのは実は容易かった。
初めは指標にするつもりすらなかったこの言葉を、指標として使い始めたのは、それを意識するようになったのはいつからだったか。
初めの年は、教室だった。
二年目は柳生の部屋でだった。
それは指標だ、その言葉を以て、一年をはじめ、同時に終わらせる。
そしてまた同時に、今年も共に過ごしたことを、思い知らされ、絶望し同時に安堵するのだった。
それをきっと繰り返していく、隣にお互いが存在しなくなった時でさえ同様に。
忘れてやるなどと嘯いて根源的にはけして忘れることなどないことを、お互いに深く知っていた。



何時までという問いに対する答えは、きっと死ぬまで。



たとえどんなことがあり別離した先でも。
毎年、十月十九日には、この男がこの世に生を受けたことを、思い知るのだろうと仁王は思う。
それが呪詛のような恨みを伴うのか、讃美のような幸福を伴うのかそれはわからなかった。

しかしこの男が確かに自分の隣にいたことを、思い知るのだろうと。

仁王はそう、思う。
そして仁王は、口を開く。
今年もまた、指標を、残すために。
彼の傍にいたことを、示すために。


「柳生」



誕生日、おめでとさん。



これから先、何十回と繰り返していくだろう言葉に。
何度彼に届くかも判然としない言葉に。
指標に。
柳生は・・・。



h appy birthday hirosi*071019




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全然柳生を祝ってない感じの話ですいません。
別れた後も毎年言葉にしないとしても柳生の誕生日だな、おめでとう、って仁王に思って欲しい。
そんで、こんなこともあったなって思いだす契機になればいいよ。
ていうか素直じゃない二人はそうやって自分を正当化するんだ、十月十九日があることが悪い、昔あんな指標を残したのが悪いってね。
とかいいつつ、恋愛関係じゃなくても10年たっても一緒にいそうですけどね、あの二人。笑

柳生くん、誕生日おめでとうございました。
三年間ちゃんと貴方を祝えてうれしいです。
大好きです、今年も仁王と楽しい学校生活を送ってくださいー!

title酸性キャンディー