それはあの男と同じくらいに
鮮明に存在を誇示する



明なのは赤




幸村は途方に暮れていた。
四方を白い壁に囲まれ、調度品も清潔な色を持ち、清潔感を醸し出す空間。
何もないといって差し支えないその空間において、幸村の憂鬱、その元凶は窓際にある花瓶に生けてある花である。
白の病室に不釣り合いなほどに存在感を持ったそれに、幸村は何度目とも知れないため息をついた。

床には部員たちが自分の為に用意してくれたプレゼントが広げられていた。
立海は部員数が多い、それ故に普段はプレゼントの交換だという行為は行われてこなかった。
しかし今は幸村が入院しているためだろう、多くの人がプレゼントを持ってきた。
それらをベッドの上に広げ、中身を出しては包装を床に落とすという行為を繰り返した。
故にいま、床にはりぼんやら少し奇麗な包装紙やらが散乱している。
そしてベッドの上には散乱する贈り物は自分の為にえらばれたという心遣いを感じられる品々、貰っても困らないようなものが並んでいた。
しかしそんなもの全てを束にしても敵わないものが窓際の花瓶に生けてある。

それは、瑞々しく、奇麗な赤い薔薇だった。

確かにこれ堅物の真田にを強請ったのは幸村だった。
気が聞かない真田は、己で贈り物とかそういう類を選ぶのが酷く不得手である。
大概、柳か幸村に付き合わせるか、そういう時間のロスさえ潔しとしない男は平気で欲しいものを聞いてくる。
今回も例外ではなかった、彼は一週間ほど前に病室に来たときに、そういえばもうすぐ誕生日だったな、幸村、何が欲しい、そう聞いてきたのだった。
それに幸村は、薔薇、と答えた。
自分の年の数だけの薔薇が欲しい、そういった。
勿論、薔薇が欲しかったわけではない。
ガーデニングを好む幸村はあまり切り花をよいと思っていないし、薔薇なんか本来男が女に贈る花であると幸村は思っている。
幸村が欲しかったのは、真田が花屋の店頭でうろたえる姿であり、それを抱えてここへやってくる過程の羞恥であり、寧ろ幸村所望の品を用意できなかったことに対する敗北感だった。
まがりなりにも、誕生日おめでとう、と十四の薔薇を差し出す真田ではない、その薔薇自身でもない。
故に真田が大体の部員が帰った後の病室にそれを抱えて現れた瞬間に、幸村は酷く茫然としてしまった。
しかも羞恥心も何にも見せず、真田は幸村所望の品を手に入れたことに酷く誇りを感じているふうに微笑んで見せたのである。
寧ろ恥ずかしいのは幸村の方であった。
これから病室に訪れる家族、友人などに一様に不審な顔をされるだろうし、そのうえ真田は背も高いし、とにかく目立つ、それが薔薇を持って幸村の病室に入ったと看護師たちに知れていれば不本意な噂が流れかねなかった。

「こんな筈じゃあなかった」

窓際に手を伸ばし、薔薇の花を一つ握りつぶすと、柳が笑った。
手の中で瑞々しい薔薇の花が持つ水分がじわりと滲み、ぐしゃりと嫌な音を立てて花弁は潰れる。
強く握りこめば、赤い汁が流れ出すような錯覚がした、しかし指の間からそのようなものは流れてこなかった。
手を開けばシーツの上に無残に花弁が散る、一つ、額から先、花が消えた。
赤く染まった手には傷一つない。
よく見れば薔薇が薔薇であるために必要である、とげすらも除去されていた。
他のも潰してやろうか、そう思うが、真田の嬉しそうな表情を思い出すとそれも忍びない。
それに一介の中学生が買うには高いものだという認識も幸村にはあった。
開け放たれた窓から入ってくる風にのんきに揺れるそれらに、幸村はただただため息をつくしかない。

「まさか買ってくるとは思わなかった」

正直にそう告げた幸村に、柳は幸村の為に持ってきた丸井お勧めの店のショートケーキを三つ、箱から皿に移しながら、弦一郎だからな、と簡潔に返答した。

「おまえが、弦一郎に薔薇が欲しいといったときは、本当に焦った」
「判っていたならそういう顔をしろ、柳はそういうところがよくないよ」
「よくいう、精市、お前の方が弦一郎と付き合いが長いくせに」

判っていっているんだと思った、そういった柳に幸村は苦笑した。
そして窓の方に視線を向ける。
薔薇の花瓶越しに開け放たれた窓からは断続的に春の匂いがしてきた風が吹き込んできている。
そこから見える病院の門から病棟へと続く道を真田があるいているのが見えた。
柳が花瓶に花を生ける代わりに、真田はケーキを食べるのに必要な飲み物を買いに行っていた。
もっとも、それは唖然としていた幸村に気がついた柳がとった配慮だったのだろうと思うが。

奇麗な苺の乗ったケーキのフィルムを丁重にはがすことに執心している柳を尻目に、この花をどうしようかと、幸村は思考する。
家族に家に持って帰ってもらうか。
しかしそれでは幸村が知らぬ間に枯れて、親に処分されるだろう。
それは流石に、忍びなかった。
それではドライフラワーにでもしようか。
しかし、病室にこれが乾くまで置いておくのもどうかと思う、それに薔薇の匂いのする部屋に四六時中いなくてはいけないのはある意味拷問に近い。

結局結論が出ず、フィルム剥がしは終わったらしい、箱をたたんでいた柳に幸村は、どうすればいい、そう問いかけた。
柳は一瞬、いつも細い双眸を開き、幸村を見据える。
そうしてから一瞬で表情を崩し、小さくたたんだ箱を手の中に収めたまま、立ちあがり、幸村の前を横切った。
そして、ゴミ箱の上に、その手をかざしながら、言う。

「そんなに扱いに困るなら、精市、捨てればいいだろう」

かたん、分厚い厚紙で出来た素材のそれが、金属製のゴミ箱の底にぶつかり硬質な音が響く。

あっさりと言葉を紡いだ柳に、幸村は、愕然とした。
柳の言葉に驚いたのではない、これを捨てようと思いもつかなかった自分に、である。
そうだ、こんな邪魔なものを、そして不快感を喚起する物を置いておく必要もない。
それでも、花瓶に活けて、処遇をどうするかについて煩悶してしまう自分は。

「柳」
「なんだ精市」


「俺は存外真田が好きらしい」


「今更だな」
「全くだ」

柳が柔らかく笑ったのにつられ、不本意だと思いながら幸村もゆっくりと笑う。
赤い十三の薔薇の花弁は僅かにある風に、その首を揺らしていた。



h appy birthday Seiich*080305




++++++++++
幸村部長お誕生日、おめでとうございます。
退部しても、幸村には幸村でいていただきたいです。笑

そして相変わらず、変な雰囲気の三強。
幸村の好きはlikeです、loveではないです、多分。

title酸性キャンディー