まれた日




「貴方の隣にいる自分が不思議でならない」

徐に、隣で本を読んでいた柳生が呟いた。
放課後の教室に他に人影はなく、深く刻みこまれた影が幾えにも重なり教室内に深い黒を作り出している。
窓の外は橙一色に塗りつぶされており、その光を避けるようにカーテンが引いてあった。
時々、それが深く風を抱き込み、その撓んだ部分からオレンジが微かに教室内に侵入を試み、柳生の横顔をオレンジに照らした。
眼鏡が夕日を弾く様も、その光に、微かに彼が目を眇めるのも、仁王はテニス雑誌に視線を落としつつ、横眼で窺っていた。
伸びた背筋も、端正な横顔も、めったに笑みをかたどらない表情も、確かに自分とは正反対で、自分がカテゴライズしている中の友人の枠の中から大きくはみ出している。
まして、一緒にいて何か有益かと言われればそうでもなく、楽しいかと問われても自分は否と答える自信があった。
チームメイトだからという弁明は他の人物に当てはまっていない時点で正当性を欠いている。
友人とクライメイトという釈明も同様に不当である。
そう、柳生も同じ思考回路をたどったのであろう。
続く言葉に仁王はため息をつきたくなった。
外見は全く相違であっても、内面はあり得ないほどに酷似している、その人に。

「貴方は多分友達にも分類されないですし、チームメイトだからという弁明も、貴方以外に適用できないので不当です」
「ああ、そうじゃ」
「まずそもそも不真面目でいい加減で嘘吐きな人間は嫌いなんです」
「俺もそう思う」
「なのにあなたは私の隣に存在する、私も貴方の隣に存在する、おかしくないですか」
「おかしい」

柳生の奇麗な指がページを繰った。
そこから意識をこちらに向ける気もないらしい。
何やら難しそうな単語で埋め尽くされた紙の上を彼の視線が滑って行く。
その横顔を頬杖をつき見つめる。
夕日が焦がすように、彼の横顔を染めていた。

「おかしいのに、貴方はここにいる、何故ですか」

また唐突に、彼が喋り始める。
もうすでに結論などない領域に話は及んでいる。
しかし続けるのは惰性だろうか、それともただの興味だろうか。
お互いに実のない会話は好まない。
しかしこの男を相手にする分にはその特性もどこかへ行ってしまっているようだ。

「わからん」

簡潔に答えれば、男はそう言うと思ったという様に肩をすくめた。
実際お互いに図りかねているのだ、結論がでないのは必然と言えた。
もうその先は銀論することを諦めたのだろう、柳生は完全に手元の本に意識を戻してしまう。
その様子を見、仁王は完全に無視されることに一種の心地よさと、一種の苛立ちを感じていることに気付く。
完全に興味の矛先を自分に向けて欲しいのではないが、多少は向けてもよいだろうに。
そう考えた自分に気付くと、仁王は嫌悪感を感じた。
それではまるで、自分が・・・。
教室の天井を仰ぐ。
下校時間まではあと2分、そして彼と一緒に帰る人物がくるまでも同様。

「なあ、柳生」
「なんですか?」



「どうせ結論なんてでんのじゃ、せっかくじゃし試してみん?」



柳生の手を取り引き寄せた。
彼が軽く添えていた手が外れたことで、本が閉じる。
そしてがたん、と机がずれる音が静寂に満ちた校舎に響く。

同時に静寂に満ちた校舎内を、チャイムが駆け巡った。
おかげで全ての音が遮断される。
自分の中で何か抜けていたピースが填まったその音すらも。

数瞬後に手を離せば、少し驚いたような顔をし、柳生は仁王を見つめていた。
そんな彼に肩を竦めながら背を向け、鞄の中に机に広げたままにしていた雑誌を放り込んだ。
そして、そのまま教室のドアの方に踵を返す。
オレンジと黒が相反するもののように共存していた筈の教室には既に深い藍が侵入を開始していた。

「どうでしたか」

ドアに手をかけた時に声を掛けられた。
振り返れば、柳生は藍色を深く背負い、人を馬鹿にするような笑顔を浮かべていた。
それは、クラスでも部活でも見たことのない、彼の素の笑顔なのだろう、見なれていない分違和感を感じたが、正しいもののような気がした。
それを見、なぜか無性に、正反対な言葉が喉を突きかけた、それを飲み下す
しかし、その方が正確に伝わるのではないかと、そう思い直した。
故に吐く、この先幾百幾千と吐き続ける嘘の最初の一つ。

「どうもせんよ、やっぱり俺はお前が嫌いじゃ」


伝わったらしい。
柳生は楽しそうに目を細める。



「私も貴方のことが嫌いですよ」






(愛が) まれた日



++++++++++++++
虚言こそが最高の睦言

はじまりはここから。がいいなって、妄想。

title酸性キャンディー