これは勝手なエゴだと、わかってはいる、だがしかし。


れて尊敬して崇拝して




「まさかお前が真っ向勝負を捨てるとは思わなかった」

窓の外を眺めながら思わず思考で留めておくはずだった言葉が漏れた。
日がまた短く変化してきている、前までこの時間はまだ明るく、他の部活が帰り仕度をしていてもまだボールは見える、とラケットを振り回していた。
既に生息場所として定義づけられていた、窓から見える、テニスコート。
そこで影を引きずりながら部員に指示を飛ばしている後輩の姿に改めて夏が終わったことを自覚した。
日の短さよりも、風の温度よりも、太陽の光の強さよりも肩に乗るラケットの重量が減ったことよりもそれはもっと明確な、夏が終わった指針だった。
部活を引退した自分たちに残されたものは何だろうかと考えることが増えた。
そして失ったものも。
残してしまった後悔も。
勉強など必死になってやる気もなかったし必要もなかった、もっともテニス以上に情熱を傾けられるものがこの世にあるとも思えない。
今のところは。

「そんなに意外だったか」

目の前で書類に文字を埋めている男は僅かに苦笑した。
そして釣られるように窓の外に視線を向ける。
コートに一つの人影が近づいていた。
それはさっきまで同じ空間に居た人物だった。
コートに居た後輩はその姿を認めると、驚いたようにフェンスに駆け寄っていた。
それは誰よりも夏を愛した、その人物だった。
そして何よりもこの世界を支配した、その人物だった。

「意外だった、お前は考え方を変えようとも信念は曲げないと思っていた」

今も目を閉じればあの光景を思い出すことはできる。
コートに立った二人、息を切らし、真剣の表情で全力をぶつけ合っていたあの光景。
刺さる打球、コートの外へと出される、ラリーの応酬。
そこで繰り出された、緩急のつけられた、打球。
会場から非難が寄せられても、それでも貫いた、林の打球。

多分実際のところ捨てて欲しくなかったのだと柳は思う。
もし自分が乾と戦った時に、自分のプレイスタイルを、真っ向勝負を捨てろと言われたら自分は捨てられなかっただろう。
それにそんな勝ち方をしても、満足できなかっただろうとも思っている。
ずっとライバルだと、戦うことを切実に望んでいた相手だったらなおさらそう思うに違いなかった。
それより、なによりも、自分はそのように自分の強さに固執して戦える彼が好きだった。
何を犠牲にしても、自分のプライドを曲げずに戦い続けることのできる精神の強靭さを、そのまっすぐさを。
柳は好んでいた、譬えようもなく、ずっと。

「勝つためだ、後悔はしていない、」
「だが、弦一郎、お前と手塚はずっと好敵手だったろう?いくら精市の命令だったとはいえ」
「蓮二」

名前を呼ばれたことで反射的に視線を戻す。
そこにあった表情に、柳は視線を戻してしまったことを後悔した。
はっきりとした輪郭に刺す夕日は彼の表情に影を描き、いっそう鋭さを増していた。
そして目の中に映る色も、濃く、そこにある。


「幸村は正しかった、実際あのままだったら負けていただろう、あいつは悪くない」


それに、二度、約束を違えるのは性に会わん。

断じる様に発せられた言葉に柳は思わず息をのんだ。
そして、まっすぐと自分に注がれる視線に耐えきれなく思わず視線をそらす。

「それに、手塚ともう試合ができなくなるわけではない」
「もうお前とはやらぬといっていたのにか」
「絶対とはいってない」

「だから、蓮二」
「なんだ」

「そんな顔をするな」

そんなに惨めだったか俺は。

そう真田は苦笑し、また手元に視線を落とし、紙に文字を埋め始めた。
進路希望調査、次の夏自分がたつコートを彼は既に選んでいた。
立海大付属高等学校。
そこに自分も、彼も、幸村も、他のみんなもまた立つのだろう、この夏、今までの夏、そうしてきたように必ず。

「また、手塚と会い見える時もあるだろう、その時は俺のスタイルでねじ伏せてやるだけだ」

手塚はドイツに行くのにか。
そんなに悠長なことをいっていいのか。
そう、言ってやりたくなった、実際言うべきだったろう。
しかし、そうは言えなかった。
そういってしまえば彼は進路希望調査票にドイツと書いてしまうような気がした。
実際手塚がドイツに行ってしまうことを彼は知っているだろうから、今更そんなことを言ってもしょうがないとはしっている。
それでもいうことはできなかった。
それは彼がおそらくプロを目指さないだろうことだけに起因していたわけではない。
簡単に言えば手放したくなかったのだ。
この先も一緒にテニスをしていくために、残って欲しいという気持ちがあった。
永遠に手塚と試合が出来なくても。
だからこそあの時真っ向勝負をしてほしかったのだろうと柳は冷静に頭の隅で思考する。
あの、手塚という男に未練など一つも残さずにいてくれるように。
此処でまた、ともに全国を目指せるように。

ああ、なんて自分は勝手なのだろうか、柳は両手で顔を覆った。
なんて弱い。
そんな自分への嫌悪を隠すように、柳は呻いた。

「お前は馬鹿だ」
「そうか」
「大馬鹿者だ」


大馬鹿者だ、そう口の中で呟きながら、馬鹿なのは他でもない、自分なのだと、柳は。
真田の落ち着いた、低い声を聞きながら、思う。





己が愛するは、己が理想で構成された、偶像その人。




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柳、真田が大好きの巻。
柳はすごく真田に夢を見ていると思う。
手が届かないことを憂いていると同時に、手が届くとがっかりしてしまうみたいな感じ。



title群青三メートル手前