時間が流れてしまっても、変わらないものもある そう、信じていたい 苦 脳する能力 傷が薄くなったな、と隣を歩く人の横顔を見ながら考えていた。 現役のときは傷の絶えない人だった。 何百という自分のサーブをその体で受けるたびに、コートに顔を膝を腕を、擦っていた。 無理な位置に来たボールにさえ懸命に食らいつき、怪我を承知で突っ込んでいっていた。 その姿勢に、潔さに、常に憧れを抱いていたのも、同時に酷く心配に思いながら消毒液を塗っていたのも、もう過去なのだと改めて気付く。 つい先日までこの時間はまだ部活をやっていた時間だったが、もう、今の季節ではボールを追えなくなってしまった。 この道を一緒に肩を並べて帰っていたのもそんなに遠い昔の話でもない。 それでもあの季節を追い出すように、残酷に季節は過ぎるのだと、そう感じていた。 そしてそれは加速していくのだろう。 いつか、この人を追い越してしまう日が来ることも何となく感じていた。 半年のブランク、それを埋められないようでは来年全国優勝を目指す自分たちは上の代が成した成果を抜けないのは目に見えている。 それでも、抜き去ってしまいたくなかった。 そうしたら、この人がいたことが過去になってしまうような気がしたからだったが、そんなことを考えていることを日吉に知られたら怒られてしまうな、と鳳は自嘲した。 ラケットは毎週持っているけど、お前と打ったのは久しぶりだったな。 面倒見がよくて、人より努力を惜しまない人は引退後も何度かコートに足を運んでくれていた。 日吉の普段の性格を考えれば、引退した先輩が後輩を指導すること自体嫌がりそうなものだったが、後輩からも慕われる人柄の人を追い返すこともせず、ただ受け入れていた。 昔はあんなやさしく笑う人じゃなかった、とても怖い、先輩だった。 それを人に漏らせば、跡部部長とお前が変えたんだよ、といろんな人に肩を叩かれたりしたのも、もう、数か月前の話だった。 後輩を鍛えている人のそばに行けば例外なく、長太郎、打とうぜ、と挑戦的に微笑まれるのを分かっていて、自分はそのコートに近づきもしなかった。 少し離れていたところから、準レギュラーだった時、見ていたように、コートの中で笑う人を見ていた。 髪が長い時も、短く切ってしまった時も、変わらずあった努力に裏打ちされた、その笑顔を。 だから、今日、水道に行こうとしてうっかり近くを通ってしまったのは失策だったと思った。 最後の一球、全力で打ち返せば、勝てた、その球を。 日吉にはあの後すごく怒られた。 理由を問われたとき、咄嗟に言い訳も思い付かず項垂れた自分に馬鹿、とだけ吐き捨てられた。 流石ですね、と興奮気味に話す後輩に、まあな、と苦笑するあの人の声が、耳に残った。 本当は気が付いているのだろう。 せめて呆れられているのではないといい、そう、願う。 そうですね、楽しかったな。 前より軽くなったように感じた打球。 自分が成長しただけかそれとも逆か。 鋭さや切れが減ったように感じた、リターン。 そこに感じたのは優越感だったか、喪失感だったか。 ため息を思わずついてしまった鳳に、宍戸が苦笑するのがわかった。 なあ、いつまでも俺を追いかけているんじゃだめなんだからな。 横顔を見やれば、それは過去に見た表情を彷彿とさせた。 引退のとき、泣いていた鳳の頭を、撫でながら苦笑した、あの表情を思い出す。 優しい、表情だった。 そして、同時にとても厳しい表情だった。 前を向いたまま会話の矛先を変えた人の横顔を見ながら、そうか、と鳳は腑に落ちた。 未来を見据えた、先輩達の話がすらすらと、その口から流れ出す。 それを右から左へと聞き流しながら、いままで心の奥底に沈みこんでいた檻のようなものが解けていくのを感じていた。 前まで、試合をしようなどと言われたことはなかった。 ネットを挟んだ先、そこに佇む人を見たことはなかった。 その場所に立った事実はそれはきっと、先輩後輩、そういう意味ではなくて。 あの人のライバルの一人に自分が数えられたということを示しはしないだろうか、と考える。 後輩と先輩という関係。 それだけなら引退した後、絶たれてしまいかねない関係ではある。 それでも、ライバルとしてならば、年も関係なく、繋がっていけるかもしれない。 追い越してしまっても、追い越さんと挑んでくれるかもしれなかった。 そしてそれは逆もまた然りなのだろう。 そう思えば、幾らか、この言葉を口にするのも楽だと、鳳は笑う。 「ねえ、宍戸さん」 「あ?」 いつも相槌を打つのに徹する鳳に話を遮られたことに、宍戸は少し驚いたようにしながら、それでも鳳を振り返った。 微妙に見上げる角度になることをはじめのころは不機嫌そうにしていたな、と思いだし、可笑しく、そして懐かしく思いながら笑みを描く。 「お誕生日おめでとうございます」 鳳の言葉に、一瞬だけ目を開き、そしておう、と柔らかく笑ってくれた。 「なんだよ、忘れてるんだと思ったじゃねえか」 「そんなに薄情者じゃないですよ」 「よく言うぜ、どうせ今思い出したんだろ」 そんなわけないですよ、と笑顔でごまかした。 本当は、口にしたくなかっただけだったなんて一生言えそうにない。 一歳の差でも大きいと思っているのに、二歳差が開くこの数カ月に、自覚してしまうそんな言葉なんて。 それでも、その言葉を口にしたのは、ある種の自分への決意だった。 「宍戸さん」 「なんだよ」 「お誕生日おめでとうございます」 「おう」 「来年も、おめでとう言わせてくださいね」 構わねえぜ、と軽く笑う人に、半ば苦笑いしながら約束ですよ、と返す。 切実な、願いだった。 「お誕生日、おめでとうございます」 一年後の今日、あなたの隣にいることができますように。 願わくは、その間に一年なんて何ともないと自分が笑えるように強くなっていることを。 H appy Birthday!! Ryo.S 080929 +++++++++++++ 鳳のテーマはずっと「一年の年の差に悩む」です。 んで、宍戸のGlow up を聞いて、宍戸は鳳を好敵手としてみているんだな、ってことに感動したので、こんな感じにしてみた。笑 テニスの公式は素晴らしいです。(結論 title群青三メートル手前 |