おめでとうとかそんな言葉よりもっと、正確なのは。 虹 色の眸 部活の備品を倉庫に片づけて部室に戻ってきたとき、目の前にあった光景に柳生は唖然とした。 もう人の帰った無人の部室の中央の机に座っているのは銀色の男である。 時間が遅いわけではなかったがもう既に十月の中旬も過ぎている、下校時刻の六時でももうすっかりと窓の外は闇に沈み、室内を照らす傾向とは妙に白々しく目に映る。 その白々しい光の中にいる男は柳生の姿を認めると、よう、お疲れさん、と口角を持ち上げる。 柳生はその言葉を受けず、胡散臭い笑みに一つため息をついた。 それは、その男の口に安っぽい透明な色をした、細長い形状をしたプラスチックが銜えられていたからだった。 「何してるんですか、貴方」 柳生は部室を横切り、仁王の前に立つと腕を組み、じっと、視線を向ける。 一応柳生はその視線に避難を込めていたのだが、そんなもの向けられなれているといった様子で仁王は笑みを深くする。 仁王の前に広げられているのは丈夫な紙でできた一つの箱だった。 箱を開けると一つの側面が倒れるようになっていて、中身を取り出しやすいようになっている。 しかし、仁王の前にある箱はそのような機能というよりはただ皿として使われたようだった。 箱の中には透明なフィルムと薄い紙が綺麗に畳まれて収納されていた。 「ケーキ食べとったんよ」 何の悪びれもなく男はそう言い放つ。 そのケーキと言えば丸井が、誕生日だからと言って今日部活の後片付けの当番として柳生が残っている間に急いで着替えて買ってきてくれたものだった。 柳生はあまり甘いものを好まない。 それでも一度、幸村のお見舞いの残りとして丸井が持ってきたケーキは甘すぎず、上品な味をしていたため、気に入ったのを覚えてくれていたらしい。 『ヒロシ、誕生日おめでとうな』 そう誇らしげに微笑んだ部活の仲間を思えば、仁王の前でただのフィルムと紙に姿を変えたことに、申し訳なく思った。 しかし仁王を非難したところで、もうケーキは戻らない。 柳生は仁王の視線の先からあっさり自分を外し、ロッカーから荷物を取り出す。 羽織っていたジャージを適当に鞄に突っ込み、カッターシャツのボタンを一つずつ止める。 ブレザーにも袖を通し、鞄のチャックを閉めようとしたとき、仁王の手が肩越しに延ばされる。 みれば、綺麗に畳まれたケーキの店の箱が、差し出されていた。 金色で奇麗な模様が描かれた、その箱。 柳生はもうそれをゴミだと認識してはいたが、部室に捨てていくのも忍びないし、仁王に持ち帰らせるのが道理といえばそうだが、良心が咎めたため、それも一緒に鞄の中にしまった。 学校から駅までの坂道を降りる。 空には星は見えなかったが、月は見えた。 ぼんやりとした光の中、照らされる世界は闇に縫い付けたように静かに存在する。 無味乾燥の、世界。 それでも今日は、妙に甘いにおいが鼻を突く。 それが非日常を示す、たった一つの要素だった。 「なあ、柳生」 行程を半分ほど行ったとき、ふと前を行っていた仁王が立ち止まる。 「俺はお前におめでとうなんて言わんよ」 「なんでですか」 「誕生日ってな、本人が祝われるん、可笑しいと思うんよ」 「は?」 間抜けな声を出して立ち止まった柳生に、仁王はまじめな顔をして振り返った。 「生まれてきて、何年目だね、おめでとうって周りが祝うんじゃなくてな、生かしてもらって有難うっていう日じゃろう、本当は」 「・・・・・・」 「人間一人じゃ生きて行けんし、な、柳生」 どこかで聞いたセリフだと思いつつもそれは確かに真理だと柳生は認識している。 しかしこのタイミング、彼お得意のいいわけだろう、柳生は一つため息をつくと、肩をすくめた。 そんな言葉で騙されませんよ、と柳生はつぶやき、続ける。 「だからって言って私のケーキを食べていい理由になりますか」 「なる、だってお前の世話一番やいとんの、俺だし」 「誰が、寧ろ私のほうが貴方の世話を焼いている気がしますけどね」 「言うのう」 「それに、仮にあなたがいなかったとしても私の人生に全く問題ないですし」 そう言って仁王を見れば、仁王は一瞬虚を突かれた表情を浮かべ、そして、挑戦的な笑みを、柳生に向ける。 それはコートの中で見せる、無邪気なようで強かな、いつも自分の興味を引く、そんな詐欺師のような笑みだった。 「やけん、お前、俺がいなかったら退屈じゃろう」 今度虚を突かれたのは柳生のほうだった。 初対面、完全なる正反対、嫌悪の対象。 理解できない思考回路、作戦。 入れ替わり、不可能を可能にする手腕。 嫌悪と同時の親近感。 スリル、ギリギリの状況、それを二人で笑い飛ばす、その瞬間、表情。 そんなものが一瞬で脳内に去来した。 そう、それは彼の言葉通り、なくても構わない、それでも確かに、退屈を、打破する要素。 試すように、覗き込むように。 突き放すように、絡め取るように。 いろいろな色を落とす、彼の表情を、生き方を思考を。 読み切るのか交わしきられるのか。 彼がいなくても、確かに自分の人生に対して何の得ももたらさなかっただろう。 それでも確かなのは、ただ単調な日常を生きてきた自分の生活に、何色かしらない色を落としたのは確かだった。 その色が、赤になるのか、白となるのか、黒となるかは判然としない。 それで物の色の変化を楽しんでいるのは、確かだった。 何があっても手放したくないとかそんなつもりはないけれど。 それでも。 「そこは否定しないでおいてあげますよ」 そういって、僅かに笑みを漏らした柳生に、仁王も笑った。 生まれてきてくれて? それよりも、いつも単調な日常に変化を与えてくれて。 思ってもなかった方法で世界を切り取って。 知らなかった世界を、見せてくれて。 むしろ。 退屈させないでくれて。 そんなおまえに。 そんなあなたに。 H appy Birthday!! Hiroshi.Y 081019 +++++++++++++++++ 柳生のケーキをいつもどおり理由をつけて横取りする仁王を書きたくて、でもなんか、私が感じたことが混じった感じ。 いつもより仲良しな28でした。 title群青三メートル手前 |