それは予防線。
それは避難口。



れでも嘘をつく




「お前って存外テニス部が好きだよね」

駅のホームのベンチだった。
柳生も真田も柳も委員会で、部活が休みだった放課後、帰ろうとしたら幸村に呼び止められた。
仁王は特に誰かと一緒に帰ったりするタイプではなかったが、乗る電車が逆方向だからという理由だけで誘いを断る程に薄情でもない。新鮮な感覚を味わいながら、駅までの道を二人で並んで歩いた。
幸村は、かといって何か話したい内容があった様子でもなく、しかし、真田と柳にいつも吹っ掛けるような嫌味な会話を仁王と共有する気があるわけでもないようで、特に言葉を発しなかった。
普段通り、自分たちの少し前を行く、部長の姿で涼しげに秋に変わっていく街を颯爽と歩いていた。
駅はちょうど閑散としている時間帯で、しかも、ついさっき電車が出発してしまった後だったらしく、必然的に電車を待つはめになった。
立って待ってもよかったが疲れたと言い張る幸村にそういえば一か月前までこの男が病人だったことを思い出し、ホームの一番端のベンチに二人並んで腰かける。
その瞬間だった。
幸村は仁王の顔を覗き込んで、問いかけを発した。
まっすぐな視線は仁王の言葉の真偽を探るためのものだと最近知った。
嘘は、すぐにばれる。特に柳と柳生、そして幸村には。
そしてさっきまでの沈黙は、こうやって仁王の逃げ場を奪ってから、話を吹っ掛けるためのものだったことに気付き、仁王は心の中で小さく舌打ちをする。

「それはどういうことじゃろうか」
「それ聞くの?お前なら自覚していると思ってたけど」
「買いかぶりすぎじゃ」
「自分のことくらいわかってなくちゃ、他人は騙せないよ、詐欺師さん」

だからお前は不完全な詐欺師で、柳生にそのお株を奪われちゃうんだよ。
幸村は仁王の言葉を馬鹿にするように笑った。
そして興味を失ったのか、はたまたがっかりしたのか、大仰にため息をつくと、仁王から視線を外した。

「で、どうなのよ」
「別に好きでもなんでもなかよ」
「またまたそういうことばっかり言う」
「柳生がおらんなったら俺も辞めるつもりじゃ」
「あれ?そうなの?そんなに柳生のこと好きだったんだ?」
「ああ、そうじゃそうじゃ、すいとる、愛しとう。あいつがほかんとこでテニス始めたら付いて行くつもりでおる程には」
「嘘くさ」

柳生こそここ以外でテニスなんてしないよ。あいつが俺たちを捨てる時はテニスを捨てる時だ。

確かに嘘だった。
テニスをこの立海テニス部以外でやるつもりなど仁王には毛頭ない。
というのも、仁王は正直そこまでテニスが好きではないからだ。
それでもここまでハードな立海テニス部で勝ちに執着できたのは結局のところ、この部活が、このチームが仁王にとって居心地がよかったからだった。
暴力的な副部長、全てを見透かしているといった風に達観している参謀。好戦的な問題児。陽気な男と、苦労症のダブルスコンビ。冷静沈着で非常な部分も持ち合わせる自分の相棒。
そして、王国の神様。
個性的なメンバーで積み上げた日々に、その上にある勝利。全てを仁王は好んでいる。愛している。
たとえ自分の思考を一番理解し、その上で行動する相棒の柳生が、他のテニス部に移ってしまったとしても仁王はここに残るだろうくらいに。
しかし、仁王は幸村の言葉を否定することをずっと前から決めていた。

(そんなんいったらなあ、幸村、お前は俺を離さなくなるじゃろう)

幸村の立海に対する愛情が途方もなく重いことを仁王は嫌というほどに知っている。
しかも今の時点ではその愛情がある程度傾斜配点されていることも、仁王は知っていた。
真田に、柳、そして切原に対してが特に重い。よくあの三人は潰されずに立っていられるものだと仁王は感心するほどだ。
他のメンバーにはその愛情はある程度等分されて配分されていたが、それでも仁王にとっては重かった。
他のメンバーはこの部活をいつか離れていく。それを仁王たちは何となく感じている。他のメンバーが執着しているのはテニスであり、この部活だとはかぎらないからだ。
すれば、必然的に幸村の愛情はそこに残るものに注がれることになる。それゆえ、それが自分にすべて圧し掛かる図を想像すれば、仁王は何があってもここで首を縦に振るわけにはいかないのだ。
それこそ息ができなくなるだろう程に、それは重い、重い。

きっと、永久に仁王をその腕の中から逃がしてくれない程には。

(だから)

たとえ、メンバーの中でも自分は「立海大付属男子硬式テニス部」に執着しているほうだと気が付いていても。

駅に上りと下り両方へといく電車が滑り込んでくる。幸村は立ち上がると幸村が帰る方向の電車へとあるきだした。濃紺の髪が風に揺れる。
仁王も自分の電車の方へと向かうために立ち上がる。と、その瞬間、幸村は腕を頭の後ろで組むと肩越しに振り返り、不満そうに口を尖らせた。

「あーあ、俺はこんなに仁王のこと愛しているのに」
「残念じゃったな、俺はお前んことは愛しとらん」
「嘘吐き」

ああ、幾らだって嘘をついてやる。

(お前さんに殺されるんは遠慮させてもらうぜよ)



いつかこの王国が終わるとしても、貴方の愛は要らない。









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ツイッターで募集したネタ。仁王と幸村。
二人はこういう距離感。
桜ちゃんありがとでした!