新年の初めに








「跡部くんは、何を神様に祈るの」

初詣行こうよ。
大晦日、二十三時。
思いつきで誘ったのにもかかわらず跡部は二つ返事で千石の誘いに乗ってくれた。
年が明けて零時五十分。
千石と跡部は神社の境内にいた。
都内でも有名な初詣の名所は予想通りたくさんの人で溢れている。
そんな中、おとなしく並んで参拝の順番がやってくるのを待っていた。
ようやく、先頭が見えてきた。そう思ったところで千石は跡部に質問を投げかけたのだった。
跡部は千石の質問に憮然とした様子で答える。

「特に何も考えてねえ」
「考えてない?」

もうすぐ順番回ってくるけど。千石がそう首を傾げても跡部は別にないと答えるだけだった。

「テニスの大会で優勝できますように、とかは」
「そんなの自分で勝ち取るだけだ」
「これが欲しい、とかは」
「そんなの努力して手に入れればいいだろ」
「じゃあ、健康に過ごせますように、とかは」
「そんなの自分の自己管理の問題だ」

そんな跡部の様子に千石はめまいがした。

「やっぱり自分に自信がある人は違うんですね」
「まあな」
「うわー嫌味?」
「そういうお前はどうなんだよ、千石」
「俺?」

千石は跡部の言葉に首をかしげる。
そしてうーんといいながら空を仰いだ。

「俺はいろいろありますよ、キミみたいにそんなに自分に自信もないし」
「ほう?」
「テニスの大会で勝ちたいし、健康で過ごしたいし、事故とかなんもなく平穏に暮らしたいし、あとは」

そこで言葉を切ると、千石は跡部の方を見た。
色素の薄い髪、青い目、作り物かと思う程に綺麗な造形。
それが、自分の方を向いている。
その双眸に自分の姿だけを映している。
この、たとえようもない幸せがどうか、どうか。
と、頭を掴まれた。
そのまま跡部の手が千石の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
なになに?と文句を言っているとおもむろに腕を取られる。そしてそのまま腕を引かれたと思えば参拝者の列から連れ出された。

「ちょっと、どこ行くの」
「必要なくなっただろうが」
「は?」

千石のもつれそうになる足なんて全く意に介した様子もなく、跡部は前に進んでいく。

「テニスは自分の力で勝て、健康も自己管理しろ」
「……」
「それに、神なんて得体の知れねえもんに祈らなくても俺様はお前を手放したりなんてしねえよ」

息が、止まった。
的確に自分の内面を見抜いていた跡部に。
そしてそれを知ってーいつもそんな気なんて使わないくせにー千石の欲しい言葉をくれた男に対して。
やっぱりかなわないなあ、そんなことを思いながら千石はため息をつく。

「ほんと、キミって人はさ…」
「あーん?何か文句でもあるのか」
「ありませんよ」
「だったら早く歩け。俺様は寒いんだ」
「はいはい」

参拝に並ぶ人々の波の中を逆走し、おみくじも絵馬も何にも目をくれずに。
そうしてまっすぐに歩いて行く跡部に千石はばれないように小さく笑う。
そんな彼は何処にも祀られてはいないけれど、世界で一番俗物で、でも千石にとっては一番力を持った神様で。

千石はそんな跡部の背中に言葉を投げる。

「今年もよろしくね」
すれば彼はああ、と優しく笑った。