気付いてないと思っていたのだとしたら 侮られたものだ 一 つ、お願い 部活の終わった部室には丸井ともう一人しか残っていなかった。というのも丸井は放課後の教室で悪ふざけをして部活に遅刻をした為、練習が終わった後校庭を走らされていたからだった。 丸井はため息を吐きながら携帯電話を確認する。そこにあった日付は4月20日。今日は丸井の誕生日だ。 勿論、練習を遅刻した自分が悪い。しかし、せめてできることなら誕生日の日くらい多めに見て欲しい。 まあ、後輩に示しがつかないという彼らの言い分もわかりすぎるくらいによくわかるのだが。 (ほんと、融通きかねえの) 窓の外は夜の帳がおりている。満ちる空気も昼の暖かいものが嘘の様に冷たい。 こんな中を少し憂鬱な気分で帰るのは気が重い。 ただ救いは、隣でぼんやりと着替えている男が彼である、ということくらいだろう。 銀色の髪。丸井より少し高い身長。すらりとした身体。少し曲がった背筋。どこのかわからない方言。 同じように部活に遅刻をしてきた男は、鬱陶しそうに長めの銀色に髪をかきあげながらユニフォームをカバンに突っ込み、シワの寄ったYシャツに袖を通す。 疲労を隠さないその横顔に苦笑しながら一足先に着替え終わった丸井はロッカーを閉じた。そして憂鬱そうな表情を浮かべた横顔に言葉を投げる。 「なあ、仁王」 「なんじゃ」 「お前、今日なんの日か知ってる?」 「何の日?」 「俺今日誕生日なんだけど」 丸井の言葉に、彼は少し虚をつかれた表情を浮かべると、ああ、と返した。 「そうじゃったな。クラスの女子に祝われてたのう」 「ひっでー。忘れてたのかよ」 「俺は誰の誕生日も覚えとらんぜよ」 「薄情なやつ」 お前の祝ってやっただろい?そういうと彼はそうじゃったかのうと首を傾げた。銀色の髪が、揺れる。 そんな彼に丸井は舌打ちをすると、言葉を続けた。 「そんで、仁王。俺欲しいもんがあんだけど」 「欲しいもの?」 「そそ、欲しいもの」 クラスメイトのよしみで。丸井がそう微笑むと彼は少し眉を寄せた。 しかし、冷たく突っぱねるのも良くないと思ったらしい。彼はため息を着くと丸井に向き合った。 「普通自分でねだらん」 「まあそうだな」 「仕方ないのう。俺に準備できるもんじゃったら買ってやってもいいぜよ」 「本当に?」 「俺は詐欺師じゃけどな、お前には世話になっとるからのう。それぐらいはしてやる」 そういいながら仁王は鞄から財布を取り出すと中身を検分し始めた。 仁王は丸井の要求に幾らまでなら応えられるか確認をしているようだった。 パフェ何杯分。ラーメンだったら。焼肉の食べ放題だったら。 いつもより僅かに真剣そうな姿に丸井はこっそりと口角を持ち上げる。 そして、手を伸ばし彼の財布の口を強引に掴んだ。 突然の丸井の行動に彼は怪訝そうに眉を顰めた。 「なんじゃ」 「そんなんじゃなくていいよ」 「は?」 「俺、柳生が欲しいんだけど」 いい?と丸井は首を傾げた。 そんな丸井の言葉に、彼は一瞬呆然とした。当たり前だ。自分のダブルスのパートナーを、もっと言えば同じ部活のメンバーである、それでいて男を欲しいなど言われたら誰だってそういう反応をするに決まっている。普通であれば、次に思うのはダブルスのパートナーを交換したいと言う申し出かと言う解釈だろうが、残念ながら丸井は自分のダブルスのパートナーはジャッカルだけだと公言をしていたし、幸村が試しに後輩とジャッカルを交換して見た時はまったく試合にならない様な有様だった。故に、それは絶対にあり得ない。 そうすればそれが指す意味は一つだ。 普通であれば。気持ち悪いと一蹴される意味合い。それを、仁王は口に衣を着せずざっくりと口にするタイプだ。しかし、目の前にいる男はそんな反応を取らなかった。それどころか呆然とした後、その色の白い顔に熱を上らせたのだった。 先程までの怜悧で、鋭い詐欺師の面影は消えうせ、代わりにそこに現れたのは丸井がよく知る―もっと言えばずっと追いかけていた隣のクラスの優等生の困惑した表情だった。 最近、仁王と柳生は夏の大会に向けて何を思ったのかは知らないが入れ替わりの練習をするようになっていた。他の選手の技を真似ることはどこの学校の生徒も日常的にやっている。しかし、仁王と柳生はそんな次元をはるかに超越していた。 プレイスタイルも、技も。それどころか姿勢や口調、声音、利き腕も入れ替えている。 今の所は入れ替わりは部活だけにとどまっており、通常の学校生活ではほとんど入れ替わっていない様ではあったがそれも恐らく時間の問題だろう。 またたちの悪いことに彼らの入れ替わりはかなり精度が高い。三強と呼ばれる幸村や柳、真田だって2人がどっちがどっちであるかを見破れない時があった。それにいい気になって、柳生と仁王は最近、少し調子に乗っている節がある。 だから、言わなかった。本当は自分が彼ら二人の入れ替わりを見抜いていることを。 それはこの効果的な場面で最強のカードを切るために。 そのまま手を伸ばすと、丸井は彼をロッカーに追い詰めた。がた、と彼の背中がそこにぶつかり、鈍い音が響く。そこに追い打ちをかける様に丸井はロッカーに手をついた。 そして顔を近づける。すれば彼は慌てた様に丸井から顔を背けた。 「ちょっと!丸井くん、待ってください」 「待たねえよ」 「仁王くんと噂になりますよ」 「なったっていいじゃん、俺がわかってればいいことだし。それに」 「・・・それに?」 「今のお前の顔、仁王に似ても似つかねえし?」 何があっても飄々としてる詐欺師様の面影がないぜ?柳生の頬に手を添えながら至近距離で微笑めば、柳生はバツの悪そうな顔をした。 しかし、柳生は丸井の拘束から逃れようとはしなかった。抜け出せないはずはない。身長差も、体格差も柳生に有利に働くはずだ。 すれば、これはあまり悪い状況ではないということだろう。 丸井はこっそりと口角を持ち上げる。 「あ、そうだヒロシ」 「・・・なんですか」 「お前が好きだ」 順番、守らねえとな。 そう、律義な振りをして笑いかけると、柳生はまた困ったように眉根を寄せた。 「ずるい」 「ずるくないだろい?お前たちの方が百倍ズルい」 「・・・・・・」 「で、返事は?」 「知りません」 「ヒロシ」 と、柳生の手が丸井の方に伸びる。 そして次の瞬間、シャツの襟を強引に掴むと丸井の方へと引き寄せた。 一瞬、重なる唇。 触れるだけであっさりと離れた彼は、これでいいでしょうと言わんばかりに口角を持ち上げる。 そして、丸井の拘束から抜け出すと、カバンに荷物を詰め出した。 丸井は突然の出来事に驚きながらも、指で自分の唇をなぞりながら口角を持ちあげた。 「サンキュ、最高の誕生日だ」 H
APPY BIRTHDAY BUNTA.M 2014.04.20 |