きっと、何かあるとわかっていても
差し出されたその手を取ってしまうのだ








リンゴの味は?










(ほんまなんでこんな目に合わんといけんのや)



忍足は何度目かもわからないため息を吐いた。
秋の空は高く、風は気持ちよく、太陽の光はじんわりと温かい。
確かに、昼寝日和だとは思う。それはよく思う。それでもこれは流石にいただけない。
忍足の手は今、一人の男にしっかりとホールドされていた。
これが可愛い女子生徒か何かだったら忍足のテンションも変わっていたのだろうが、しかし忍足の腕を掴んで離さないのは同じ部活の仲間の一人だった。
しかも同い年。これで喜んでたりしたら完全に自分は変態である。
事の発端は、昼休みが終わりそうな時間に来た一通のメールだった。

『忍足、屋上気持ちいいよ』

その言葉に、部活の仲間を叩き起こしに行かなくてはならないという義務感を感じたというのは今となってはただのいいわけだった。
ただ、その文面に誘われて視線を向けた窓の外。そこに降り注ぐ陽光に、ああ絶対ええ昼寝日和やわと思ってしまったことがそもそもの敗因だ。
そしてのこのこと屋上にやってきて、眠りこける男を揺り起こそうとして、腕を掴まれてしまったのがつい先刻。
忍足はいくらはがそうとし手も離れない手に諦めて、その男の横に寝そべっていた。
体にじわじわと太陽が熱を広げ、しかし空気は冷たくて澄んでいて。
そして掴まれている腕には体温が伝わってきて。
そんな中、空にすわれていくチャイムの音を忍足は他人事のように聞いていた。
昼休みが終わって授業が始まる。しかし忍足は動けない。否、動かなかった。

(あかん、ねむなってきた)

ゆるゆるとほどけていく神経回路と閉ざされていく思考と視界に。
忍足はいつのまにか意識を手放していた。



◆ ◇ ◆



「忍足、てめえいい度胸だな」


骨に鈍い衝撃を感じ、忍足は目を覚ました。
働かない思考を懸命に動かし、目の前にいる人物に視線を向ければそこには仁王立ちしている我らが部長、跡部景吾がいた。
やばいと思う前に頭をがっしりと押さえつけられる。

「部活引退したからって気ゆるんでんじゃねえぞ」

後輩に示しがつかねえだろうが。
至近距離で凄まれたと思った瞬間に跡部はあっさりと忍足から手を放し、踵を返した。
空に視線を向ければ地平線のあたりにはすでに藍色が滲んでいる。
そして扉の向こうに消えた跡部がブレザーを着て鞄を手にしていたということはとっくに授業は終わっているのだろう。
どうやら午後の授業はさぼってしまったようだと忍足はため息を吐く。

忍足は立ち上がろうとして、自分が眼鏡をかけていないことに気が付いた。
視線を自分の周りに向けると、少し離れたところに眼鏡が落ちていた。
ちょうど、腕などでも潰れないだろう位置に置いてあったそれに手を伸ばしながら、あれ、自分は眼鏡を外しただろうかと思考を巡らせる。
しかし、どうもうまく思い出せない。
首をひねりながらも眼鏡をかけ、立ち上がろうとした瞬間、手を引かれた。
転びそうになったのを何とか踏ん張り、自分の手を掴む人物に視線を向けると、眠りに落ちる前に自分の腕を掴んでいた男、ジローは屋上に寝転んだまま、楽しそうに口角を持ち上げた。

「忍足、よく眠れたでしょ」
「なんや、起きとったんならいえや。趣味悪」
「いまおきただけだし」

「最近疲れているみたいだったから」

俺からの誕生日プレゼント。
ジローはそういうとのろのろと体を起こし、跡部が消えていった屋上の扉へと歩を進める。
そしてドアのところで振り返り、首を傾げた。

「忍足、置いてくよ」
「は?」
「だから今から忍足の誕生日会」

あれ、これ内緒だっけ?とジローは首を傾げながらそれでもドアの向こうへと消えて行ってしまう。
取り残された忍足は、一瞬放心し、そして次の瞬間思わず笑ってしまう。
笑い声が、少し温度の下がった空に、拡散して、消える。

「こんなん反則やろ」

ジローに嵌められたという事実に悔しく思いながらも。
それでもどこか嬉しく感じてしまう自分に。
忍足は笑みを深くするのだった。


「敵わんなあ」










H appy birthday!Yushi.O 2012.10.15