某チロ●チョコをモチーフにしたバレンタインの小ネタです!
1、仁王柳生   2、三強(過去再録)  3、跡部千石





おなかいっぱいでも嫌いでも
一つくらいなら食べられる




一粒のチョコレート(仁王柳生編)





「お兄ちゃん、おかえり」

玄関先まで迎えに来た少女は酷く楽しそうに柳生を見て笑った。
柳生はため息を吐くと、手に持っていた紙袋を少女に手渡す。すれば彼女は目的を達したと言わんばかりに柳生にくるりと背を向け、家の中に走っていった。

鞄を部屋に置き、リビングに行くと、すでにリビングに鎮座するソファーの前の机の上に、その下のじゅうたんの上に色とりどりの包装が散らばっている。
柳生が学校からそれらを運んでくるのに使った紙袋は、部屋の隅に放り出されていた。
机の上を赤いリボン、ハートの小さな箱。黄色の不織布でできた袋、緑色のセロファン。様々な色が彩っている。
そしてその中からこぼれ出してくるのは、同じようにいろいろな形をしたおいしそうなお菓子だった。
パウンドケーキ、定番のチョコレート。クッキー、マフィン。
ハートの形をしているものもあれば、丸いもの、星形のもの。
綺麗な色目が付いているものもあれば少し、焦げたものもある。それでも一様に自慢げに胸を張っているように見えるから不思議だった。

「凄い、かわいい」

次々と包装をあけては嬉しそうに笑う妹を尻目に柳生は笑った。
それは柳生家において毎年の恒例行事と化している光景だった。
柳生はあまり甘いものが好きではない。そのため、女子からもらったお菓子の類はほとんど妹と母親が消費してくれている。
作ってくれた人たちには申し訳ないとは思うが、それでもお菓子は好きな人が幸せそうに食べることに意味があるのではないかと柳生は自分を正当化することに決めていた。
それでも、それらがすこしだけ柳生を華やかで楽しい気分にさせてくれることには変わりはなかった。

「お兄ちゃん、食べてもいい?」
「いいですよ」

一番形のいいチョコレートを彼女は手にすると赤く大きな口を開けて、それを放り込んだ。
もぐもぐと咀嚼され、広がる甘さに彼女がきゅうと目を細め、満面の笑みを浮かべる。
おいしい、お兄ちゃんのお友達はお菓子を作るのが上手ねとはしゃぐ妹に、そうつたえておきますよ、と笑みを返す。

と、柳生は妹の隣に座ろうとした際、机の下に落ちる小さなチョコレートの包みを見つけた。
カラフルな、手で包まれた包装の中でただ一つ、地味な色で、機械的にパッケージされたように見えるそれ。
怪訝に思いながら拾ってみると、それはどこのコンビニでも、スーパーでも売っているありきたりなチロルチョコレートだった。
味だってパッケージだって、季節限定のものでもなければ特別仕様のものでもなかった。
柳生は眉根を寄せる。
何故なら、今日柳生にこんなものを手渡した人物はいなかったからだった。
お返しを想定して、柳生は誰に何をもらったかを正確に把握している。紳士という異名をとる以上、それくらいの対応は心得ているからだった。
さすればこれは誰からのものか。

『ほー、流石じゃのう、柳生』

帰り道、突然後ろからかけられた声。
振り返れば、銀色の男が意地悪そうに微笑んでいた。

『貴方だって、たくさんもらったでしょう』
『そりゃあのう、まあ丸井には負けるぜよ』
『あれだけ喜んでくれたら、作り甲斐がありますもんねえ』
『なあ、それ食うんか』
『私が甘いもの嫌いなこと知ってるくせに。全部妹に上げますよ』
『全部ねえ。あーあ、せっかく女子がお前んために一生懸命作ったんに。お前は本当、紳士の称号を返上したほうがええぜよ』
『失礼ですね、人聞きの悪い。おいしく食べてもらった方が喜ぶでしょうに』

『なあ、柳生』
『はい?』


『一個くらい食べてやったほうが罰は当たらんと思うぜよ』


(全く、貴方は下らないことばかり)

柳生は掌の上でそれをコロコロところがす。
恐らく、あの会話の間に彼が忍ばせたのだろう何の変哲もない、たった一つのチョコレート。
それに振り回されている自分に深く深くため息を吐き、乱暴に制服のポケットに突っ込んだ。

それでも、こっそりとそんな彼の行動に口角をあげてしまう自分に。
柳生はまた嫌悪と、そして少しの充足を感じるのだった。





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たくさん買ってもお財布が痛まない





一粒のチョコレート(立海三強編)





「それは嫌がらせなのか、精市」

机の上にあふれんばかりになっているチロルチョコの山を見、柳は閉口した。
色とりどりのその山は何軒の店からこれを集めてきたんだというほどに種類と量が膨大である。
近所のコンビニでも大体一二種類ほどしか置いてなかったように思う。
さすればこれを集めるためにこの男はどれだけの店を回ったというのだろうか。

「嫌がらせ?柳、こんな無駄骨を折ってまで集めてくる人がこの世界にまたといるわけないだろ、愛だ、愛」

やはり、骨を折ったらしい。
幸村は楽しそうに笑うとその机の中から彼は教科書やらを全て引きずりだし、床に落とした。
バサバサと落ちる教科書やノート。
その端がおれるのも気にせず、全部を落とすと、その机の中に彼はチョコを詰めだす。
途中まではちゃんと重ねて、塔を作り、ちゃんと机の中に納めていたが、全部が適当に入れても入ると察すると男は適当に突っ込みだした。
ときどきぱらぱらとチロルチョコが床に落ちた。

大方詰め終わると、幸村は立ち上がり、ズボンについたほこりを払う。
そして満足そうに笑った。

「やはり嫌がらせだ」
「なんとでもいえ」
「女子たちが困るだろう、あれでもあいつ、もてるんだぞ」
「知っている、だから下駄箱にはしなかった、女子が下駄箱を開けたときチロルの洪水にあったら可哀相だろう?」

夕日に床に落ちたいくつかのチロルチョコが影を描く。
それはさながらコートの中のボールのようだった。

「弦一郎の方がかわいそうだ」
「そういうなら、いいぞ、これは俺がやったことにしてやる」

顔をあげ幸村の顔を見ればまっすぐな視線とかち合う。
それは全てを見透かした視線で。

ただただ。

「幾らだ、精市」
「そう来ると思った」

差し出した手に、渡されたレシート。


「俺達は運命共同体だ、柳」






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安くて、簡単で、どこにでもあるからこそ。





一粒のチョコレート(跡部千石編)





「わあ、さすが跡部くん!」

部屋に通した瞬間、千石は呆れたように声をあげた。
跡部の部屋は酷く広い。千石の部屋に比べてしまえば何倍、という単位での比較ができるほどだった。
しかし、今日はそれでもどこか窮屈に感じてしまうのも無理はないだろう。
今や跡部の部屋は、紙袋やら段ボールやらで埋め尽くされていた。
それがすべて綺麗にラッピングされたお菓子だというのだから全く以って規格外である。
しかもそれらは千石の学校で女子たちが交換していたり、男子に対して贈るものと比べてまず包装の質からして違う。
千石の通う学校だって都内の有名私立中学校だった。しかしやはり都内、寧ろ全国でも有名なお金持ち私立学校と名高い氷帝はレベルが違った。

千石はしばらく部屋の中を物色していたが、やがて飽きたのか跡部の部屋の中心にある一対のソファのいつもの定位置にごろりと体を横たえた。
そしてあっさりと携帯を取出し、いじり始める。
跡部はそんな千石の様子にため息を吐くと千石の向かいのソファーに座った。

そこで跡部は先程から気になっていたことを確認するために千石の鞄の方に視線を向けた。
床に放り出されている少しくたびれたエナメルバックは中身が入っていないのかぺたんと床に倒れていた。そしてそれ以外には千石は全くの手ぶらであった。それに跡部は首を傾げる。
千石は人当たりがよく、また女子とも仲がいい。大会とかでも女子と話している姿をよく見るし、跡部との会話の中でもクラスの女子の話題も良くでてくる。そのためそれなりにもらっているだろうと思っていた。
家に一回寄ったのだろうかとも思うが、しかしそうであったとしたらこんな短時間で跡部の家まで来ることはできないだろう。それくらいの距離は離れている。

「お前はもらわなかったのか」
「うーん、女の子は大好きなんだけど、手作りのお菓子って重いじゃない」
「運ばせればいい」
「そっちの重いじゃなくて」

思いが重い、っていうのかなあめんどくさいというか。
そう千石は苦笑した。

「詰まった思いとか、そういうのあんまりいらないの。お手軽な感じではいこれ、ってぽいっと渡されるような感じがいいんだよね」
「そんなもんか」
「そんなもんなんです、だから貰わないの」

「俺にはこれくらいの方がちょうどいいんだよね」

そういうと千石はおもむろに床に放り投げられていた鞄から手のひらサイズの箱を取出し、さらにそこから小さな四角い包みを取り出した。

「なんだそれ」
「跡部くんも食べる?跡部くんにはこんな庶民チョコレート口に合わないかもしれないけど」

いろいろ味があるんだけど、ベーシックなこれでいいかな。
千石はそういうといくつかの種類があるらしい箱の中をがさがさと漁り、その中から白と黒の斑が印刷された包装紙に包まれたものを跡部に投げてよこした。
跡部が怪訝に思いながら包みを開くとそこには少し台形のような形状をしたミルクチョコレートが姿を現した。
普段食べるチョコからは感じないような安い甘い匂いが広がり、跡部は思わず眉を顰めた。

「どうしたんだこれ」
「南がもらった義理チョコと交換したの、おいしいよ」

千石はソファから体を起こすと、向かいに座る跡部のもとに歩み寄り包みからチョコの粒を掴みとると、跡部の鼻先に突き出した。

「口開けて」

おずおずと跡部が口を開くと千石は迷うことなくそれを跡部の口の中に押し込んだ。
とたん、甘い味が口の中に広がる。それは洗練されたカカオで作られた芸術とは程遠い、それでも口どけは滑らかで。
千石はもぐもぐとそれを咀嚼する跡部を満足そうに見やりながら、ねえ、どう?と笑った。

「甘い」
「でも嫌いじゃないでしょ?」


俗っぽくて簡単で、それでも美味しいわけですよ。


そういうと千石は赤い舌でチョコレートのついた指先をぺろりと舐め、その双眸をうっとりと細める。
そんな千石の言葉に。
そして表情に。
跡部は喉で低く笑った。



「ああ、嫌いじゃねえ」