上する




「ああ、また越前と試合してえな」

シウはそういって空を仰いだ。頭上には青い空が広がっている。
休日の公園には、自分たち以外にも沢山の子どもや、その親、また遊びに来ている自分たちと同世代の少年がいる。
壁打ちでもしようかと出掛けてきたはいいが、この中で壁打ちなど始めたら顰蹙を買うのは目に見えていた。
しょうがないからとコートを探しに行ったクラックのメンバーからの連絡を待つ間、三人で花壇に腰かけ、休日の平和な公園の風景を眺めていた。

「なあ、キース、今度日本に遊びに行こうぜ」
「キース、その時は俺も連れて行ってくれよ」
「ピーターは駄目だ、直ぐジェミニに頼るだろ、ジェミニ使わなくても俺を倒せたら連れてってやるよ」

シウはそういってピーターの頭を乱暴に撫でた。

「子供扱いすんな!」
「だって、子どもだろ」

シウと、ピーターが笑う。それを見ながらああ、二人が心から笑っている姿など、ここ最近はほとんど見たことがなかったと思いいたる。
否、シウの笑顔は、クラックを作る前、最強のダブルスとして名を馳せていた時はしょっちゅう見ていたが、ピーターの笑顔は初めて見たような気がしていた。
こんなに無邪気に笑う少年だったのだと今さら、知る。
それはきっとほかのクラックのメンバーも一緒なのだろう。
まして、あいつらが笑ったところも、もっといえば青空の下にいる姿すら、思い描けない自分にキースは、何をやってきたのだろう、と苦笑した。

一緒に沈んでくれ、海の底の暗闇の底まで。

それを、自分は周囲に強制していた。傷を舐め合って。もう浮上できないと、自分に、周囲に言い聞かせて。
それではいけない、光に向かえ。それを、気付かせてくれたのは、シウと、そして、あの少年だった。深く閉ざされた暗闇から、いとも簡単に、自分を引きずりだしてくれたのは。
その時、気が付いたのは。

「これだったのか、忘れていたな」
「は?なんか言ったか?」

視線を上げれば、そこにはシウがいた。青い空を背負って、明るく笑う彼を眩しく思う。
クラックで何をしたかったのか。
そんなこと、決まっていた。傷を舐め合って、傷つけあって、自分がもう太陽の下で生きていけないことを確かめるためでは、なかった。ましてそれを強制させるためでも勿論なかった。
ドロップアウトしたとしても、こうやって笑ってテニスが出来るための場所を。
シウと、皆と一緒に。その為に、自分はクラックを作ったのだ。

「なんでもない」

キースの言葉にシウは不思議そうに、しかし晴れやかに、そうか、と笑った。

「おい、キース、コートとれたって」

クラックのメンバーから連絡がきたらしく、ピーターは、ラケットケースに携帯電話を投げ入れると、それをひっつかみ、我先にと走りだした。
シウはそんなピーターの後ろ姿を、楽しそうに見守っていた。
そしてピーターの姿が雑踏に消えたところで、それに追随しようと、鞄に手を伸ばした。その腕を、キースは掴む。

「シウ」
「なんだよ、キース」
「今度、日本に行こう、それで俺たちの実力を見せつけてやろう」
「みんなで、な」
「ああ」

今度こそ、一緒に。あの少年は、それがどうした、と言った風に笑うのだろうけれど。
シウが、左手を太陽にかざす。その中指に光る指輪。それはもう絶望の象徴ではなく、クラックの結束の、証だった。



目の前に広がる青空も、地平線も、何一つ俺たちを遮らない。










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