多分一生、忘れない。 季 節を繋ぐ 夕暮れのなかを歩く影が三つある。 否、正確にはひとつの人影と、ひとつのいびつな塊の影だった。 ひとつの人影の主ー柳蓮二は三人分の鞄を下げている。 そしてもうひとつの影は、真田が幸村を背負っている姿だった。 真田に背負われている幸村の右足には白い包帯が巻かれている。 それは器用な柳が幸村に施したテーピングで、それによって幸村の右足首は固く固定されていた。 幸村は不服そうに、口をとがらせ、何度も降ろすように真田の肩をたたいていたが、真田にはそれを聞き入れる気が全くないらしく、頑として幸村を地面に降ろそうとはしなかった。 「柳、お前からもこの分からず屋になんか言ってくれ!俺は恥ずかしい」 「お前ははしゃぎすぎだ、精市、当然の報いだろう」 「はしゃいだっていいだろう、入院中、俺は部員はおろかお前達とすら遊ぶことができなかったんだぞ。そしていくつの行事を逃したと思っている」 「だからといってハロウィーンではしゃぐな」 柳が背負っている幸村の鞄には今、溢れんばかりのお菓子が詰め込まれている。 準備がいい幸村は、真田と柳以外のレギュラーには根回しをして、今日という日を楽しむことにしていたらしい。 勿論、真田と柳にそれを告げなかったのは、みんなでよってたかって二人にいたずらするためだった。 その名残が、真田と柳には残っている。 真田の鼻の頭と頬には油性マジックの跡がまだ残っていたし、柳はいつもストレートの髪があらぬ方向に跳ねていた。 真田は狼の落書きを顔にされ、柳は髪をゴムで変な形に結わかれたのだった。 部室という狭い場所で、トリックオアトリート、と引退したメンバーで騒いだどさくさで幸村は足を挫いた。 もっとも怪我をしたのは幸村だけではもちろんなく、赤也は真田に殴られ、ジャッカルはよろけた赤也の下敷きになり、丸井は珍しく反抗した柳のせいで机の角で頭を打った。 そして仁王と柳生は計画に荷担していたに違いないはずであろうが、涼しい顔でことの顛末を見守っていた。 怒る真田と、冷静ながらも明らかに機嫌を損ねた柳。 平部員の上に折り重なるように倒れた元部長。 さながら地獄絵図、といいたいところだが、それはさして珍しくもない、立海の日常の風景だった。 「それにお前達が過保護過ぎるんだよ、ただ捻っただけだ」 「誰が過保護なものか」 「そうだ、お前を放っておいたらまた無茶をして悪化させるだろう」 「だーかーら!それが過保護なんだよ」 「それに」 「それに?」 「それに、降ろせばお前はまたくだらないことを企てるだろうからな」 「柳、実は根に持ってるだろ…」 「俺が?こんなくだらないことで腹をたてはしないさ」 「うわぁ…」 笑っているようでその実目が全く笑っていない柳に幸村は困ったように眉根を寄せた。 柳の機嫌を損ねると後が長いことを実体験として幸村は嫌というほどに知っていた。 ここはおとなしく従うに限る、そして話の矛先を変えるが吉だ。 そう判断し、幸村は会話を切り替えた。 「でも、お前達に背負ってもらうのもひさしぶりだな」 注目を集め恥ずかしいが、いつもより高い景色もまぁたまにはいいか、と幸村は無邪気に笑った。 しかし、幸村の言葉に真田も柳も曖昧にほほ笑んだだけで、言葉を返さなかった。 幸村がいう、二人に背負って貰った記憶というのは練習中の怪我や捻挫で真田や柳が幸村を保健室に連れていった時を指していた。 どちらにせよ真田と柳は過保護な人間で、なにかあれば大袈裟に対応するのが常である。 足をくじけば保健室に背負われていくし、具合が悪いと言えばすぐにラケットを取り上げられる。 それをうっとうしいと思いながら幸村は密かに嬉しく思っていた、その事を思いだしながら幸村は言葉を紡いだ。 しかし、真田や柳は幸村の言葉に違う記憶を喚起されていた。 脳裏に蘇るのは力が抜け力なくだらりと下がった幸村の腕。 ホームで突然倒れ、意識を失った幸村その人を担ぎ上げ、椅子に寝かせるために背負った時、今真田の背ではしゃぐ幸村より、はるかに背負い難かった。 ずっしりと真田に体重をかけ、真田の肩にすら満足に腕を固定できなかった幸村。 あの瞬間の真田の絶望と恐怖、柳の戦慄を幸村は知らない。 それを思えば二人があの絶望的状況から回復した幸村に対し甘くなるのも過保護になるのも無理はなかった。 もっとも二人はそれではよくないことも自覚していたし、幸村がそれを嫌がっていることも知っていた。 それでもその状況に甘んじてしまうのは、今が二人にとって幸せだったからに他ならなかった。 黙り込んでしまった二人に幸村もなにも言わない。 幸村の言葉に何かのスイッチが入ってしまったことに幸村は気付いたからだった。 きっと自分がいない時間に二人は何かの経験を共有したのだろう。 空白の半年は多くのものをもたらした。 言葉にこそしないが、自分と同様に、二人にも多くの困難と絶望に向き合ったに違いなかった。 自分が渦中にいたときは全く気が付かなかった。 二人は常に明るく、勇気づけてくれた。 そして自分に二人のことを気遣う余裕はなかった。 だからそれは不遜である幸村の唯一の気遣いであったといっても過言ではない。 もっとも、それは一過性なものだと幸村はわかっている。 たった数か月だ。 しばらくすれば思い出として風化して、そんなこともあったな、と笑い飛ばせるようになるだろうことも。 仕様のないやつらだ。 幸村は深く笑みを作ると、真田の肩に顎を乗せた。 「真田ァ、もっと早く歩けよ。七時からのバラエティー番組に間に合わないだろ」 「暴れるな、幸村、重い」 「デリカシーないなぁ真田は。そんなんじゃ彼女できないぞ」 「全くだな」 「何…?」 「まぁ俺たちの目にかなうような女なんかなかなかいないだろうけれどな」 「そうだな」 「何…!そこもお前たちの許可が必要だというのか!」 「あたりまえだろ」 「無論だ」 「俺たちは一心同体、これからも一緒に歩いていくんだから」 もう誰一人として欠けることなく。 幸村は不敵に笑い、真田の首に抱きついた。 そんな幸村に対して、真田は困ったように笑い、柳は緩く微笑み、鞄を持ち直す。 そして三年間、三人で笑い、三人で悲しみ、三人で悩みながら歩いた道を、いつもと同じようにして歩んでいく。 夕闇に溶けて行く、その姿は三年前と大して変わらず、しかしそれでいて、三人の宝物だった |