今年も、来年も
共にあれる幸せを




S torge





最後の黒豆をお重に詰め終わると、明日の元旦に食べるおせち料理は全て完成した。
長年使っているため、容器の表面には細かい傷が入っているが、そんなことも気にならないくらいに三段のお重にはぎっしりとおせち料理が詰まっている。
黒豆はつやつやと皺もよっていないし、海老、昆布巻きだってなかなかうまくできている。
味も見た目も今までで一番いい出来だ。橘は満足するとエプロンを外しながら底冷えのするキッチンからリビングへと戻る。
年賀状も送ったし、大掃除も終わった。これで今年のうちに終わらせておかなくてはならないことは殆ど終わったはずだ。最後の一つはこお茶でも飲みながらこたつで温まって少し休憩してからから取り掛かればいいだろう。約束の時間まではまだかなり余裕がある。
玄関に置いてある段ボール箱からみかんを一つとり、リビングに入る。と、そこで橘は思わず足を止めた。
リビングの真ん中、ホットカーペットの上に置いてあるこたつの中には先約が二人、いたからだった。
一人は何時もからこたつを占領している橘の妹の杏。
そして。

(来てるなら声かければいいのに)

杏の45度隣にはでかい図体をした男の姿があった。
癖の強い黒い髪。橘より高い身長と広い背中を持つ男。それはかつての相棒、千歳千里だった。
おそらく、さっきまでは楽しそうな声が響いていたのだろう。しかし、今やその部屋の中はしんと静まり返っていた。
それは二人そろって睡魔に負け、こたつの中で眠り込んでいたからだ。
二人とも狭いだろうに器用に体を丸め、体が半分はこたつの中に入るようにして気持ちよさそうに眠っている。
幸せそうな表情で。
その光景に橘は思わず目を細めた。そして図らずとも目の奥が熱くなる様なそんな錯覚を覚えた。

それは二年前にそこに確かにあって、しかし去年失われたものだ。

二年前の冬、同じ光景を見た。
二年前の年末も、当時料理を始めたばかりの橘は母親を手伝っておせちを作っていた。
橘と遊ぶために橘の家にやってきた千歳は、料理に没頭する橘に不機嫌そうな態度を見せたが、橘に終わるのを待つと告げると、その間、杏と一緒にこたつにはいって遊んでいたらしい。
料理に夢中になり、やっとすべてをお重に詰め終わった夕暮れ時、気が付くと杏と千歳はこたつの中で眠っていたのだ。
二年前とはいえ、千歳の図体は世間の平均からは大きく乖離して大きかったが、それでも小さく体を丸めて眠る姿をほほえましく思ったのを覚えている。
しかしその翌年、橘の家のこたつには千歳の姿はなかった。
彼は橘の側から姿を消してしまったからだ。否、自分が彼から逃げたのかもしれない。
自分がぶつけたボールで見えなくなった目。
なんといえばいいのかわからず、測り兼ねた距離。
そのあとに決まった転校。
許してもらうことも、決別もできないままにうやむやになってしまった関係性。
それらすべてに煮え切らない思いを抱えながら迎えた昨年の年末。
いない、千歳。

去年の大晦日に、ふと彼の不在を感じ、橘は言い知れない悲しみに襲われた。
千歳が自分にとってどれだけ大きい存在で、尊い存在だったのかを思い知った。
そんな彼ともう二度と、共に過ごすことも、話すことも、テニスをすることさえできないのではないかという恐怖に飲み込まれた。
自分のしでかしたことの重大さに、誰かを傷つけることがこんなにも恐ろしいことだということを知らなかった自分に腹を立てながら、戻らぬ時を悔いた。
このまま一生、千歳とは会いまみえることなどできないのだと思っていたのに。
また彼はここにいてくれるのだ。橘の側に、横に、前に。

(俺は幸せ者たい)

幸せそうに、午睡を貪る二人に柄にもなく幸せな気持ちになりながら橘はもう一度、キッチンのほうへと戻った。


* * *


「起きんね」

固い声が落ちてきたと思った瞬間、千歳の肩のあたりが突然、蹴り飛ばされた。千歳はその衝撃にのろのろと瞼を持ち上げる。
するとそこには不機嫌そうな顔をした金髪の男の顔があった。
それは、この家の主で、千歳の一番の相棒で親友でライバルの橘の顔だった。
どうも短い髪の橘は見慣れない。目をこすりながら千歳は一つあくびをした。

「何ね桔平、大声出さんでほしか」
「勝手に上り込んで堂々と昼寝するんじゃなか」
「勝手じゃなかよ。杏ちゃんに断ってからあがっとるもん」

そういいながら視線を横にずらすとそこには千歳と同じように眠そうに眼をこする橘の妹―杏の姿があった。

「こんな気持ちよかったら不可抗力ばい」

桔平もはいりなっせ。と続けると橘は大仰にため息をつき、杏の目の前、そして千歳の隣の机の辺に座った。
と、体を起こした時だった。机の上にさっきまではなかったものが置いてあるのに気づく。
それは、シンプルなショートケーキだった。
綺麗にしぼられたクリームにつやつやしたイチゴがぎっしりと並んでいて少し重そうだった。
いきなりあらわれたケーキ。その意味に思い当り、千歳はゆったりと口角を持ち上げる。

「おお、うまそうばい。これ桔平が作ったと」
「そうばい」
「桔平、俺ん誕生日覚えとったとや?」
「大晦日誕生日とか忘れられん」

そういってそっぽを向いた橘にたしかに、と苦笑した。

千歳にとって大晦日が誕生日というのはあまり楽しいものではない。
大掃除やら新年の準備で一日中騒がしく、あわただしい。夜ご飯は年越しそばに決まっているし、誕生日プレゼントとお年玉が一緒になってしまうことだってざらだ。
そしてどうしてもその年のことを思い出してしまう日でもある。
それ故に去年についてはそれに輪をかけて憂鬱なものとなってしまった。
去年は千歳にとって深い後悔を残す一年となってしまったからだ。
大切なものを多く失った一年だった。
橘にボールをぶつけられた。そして視力を奪われた。
このままテニスができなくなるのではないかという恐怖と、目が見えないままなのではないかという焦りから千歳は橘との和解のタイミングを逸してしまった。
気にしなくていい、そう声をかけることもできなかったし、謝る機会を与えることもできなかった。
そのまま、橘は転校をしてしまい、顔を合わせることすらできなくなってしまった。
そんな中迎えた年末、橘のいない、その空虚に千歳はこのまま橘とは縁が切れてしまうのではないかと本気で悩んだのだった。
否、連絡を取ることはできただろう。それでも今までのように、九州二翼と周囲に評され、それを誇りとしていたような関係には戻れないのではないかとそう、思っていた。
あの夏の大会までは。
きっとあの大会でもう一度戦うことができなかったら、今ここに二人でいることなどなかったのだろう。
どうしても向き合えなかった過去と向き合い、そして全力で自分たちの想いをぶつけあった。
だからこそあの時、自分たちは過去を乗り越えることができたのだ。
そして二年前と変わらないように、こうして年末を一緒に迎えている。
対して特別なことでもない。それでも二人にとってはこれは奇跡といってもいいくらいに幸せなことだった。

「わーさすがお兄ちゃん」

先ほどまで千歳の隣で眠っていた杏ちゃんは、ケーキを見つけると嬉しそうに目を輝かせながら私デジカメもってくる、とこたつを飛び出し、自分の部屋のほうへと走って行った。
その背中を見送ると、千歳は机に肘をつき橘の顔を覗き込んだ。
橘は千歳の視線を気味悪そうに見やる。

「桔平」
「なんね」
「来年も、俺の誕生日祝ってくれんね」

これから先、ぶつかるときもあるだろう、道をたがえることもあるかもしれない。
絆が揺るぐときに出くわすこともあるかもしれない。
それでも、もう二度と、あのように縁を切るようなことだけはしたくない。
あの一年だけが例外だったと笑えるように。
この先も隣にいてくれるように。彼の隣にいるために。
だから。

「おせちできるのもまつばい」

そう、千歳は笑った。
すると、橘は一瞬驚いたような困ったような表情を浮かべて、それでも嬉しそうに笑う。

「俺でよかなら、お安いごようたい」




再び共にあれる奇跡を。
来年も、その先も、ずっと。
年の終わりと新しい年の幕開けは一緒に。










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千歳誕生日2013!おめでとうー!