真実か、虚偽か。 |
四月馬鹿 |
「ああ、私は貴方が好きなのかもしれない」 ため息をつくように、嘆くように彼は呟いた。 時刻は夕暮れ、長引いた学年集会のせいで部活の開始が遅れたために既に空は赤く染まっている。 こんな日は早く終わらせてしまえばいいと言いたいところだが頭の固い副部長がそれを許すはずもない。 適当に柔軟など終わらせてしまえばいいのだが怪我をしたら元も子もない。 故に何時も通りに行っている時だった、彼が唐突につぶやいたのは。 「どこがすきなん」 彼は言葉にふと虚空に視線をやる。 眼鏡の淵が春の暮れゆく夕日に照らされ赤く光を弾いた。 少ししてから思い出したように、彼は続けた。 「身勝手で頭が可笑しいところ」 「褒めとるんか」 「褒めているように聞こえますか」 「そこまでポジティブじゃなか」 お前に頭がおかしいなんていわれたくない、と付け加えてやろうかと思ったが上手く切り返されそうでやめた。 詐欺師としてのプライドなどこの男には関係ない、寧ろ淘汰されつくしたといってもよい。 しかしわざわざ貶められることもない。 故に口をつぐんだ。 背中を押せば反発が返る。 男はそう体が柔らかいわけでもなさそうである。 ユニフォームの上からわかる背骨の形状はそこまで姿勢がよいといってもいいかよくわからない。 すこし、猫背のようになっているような気もしなくもない。 義務的に男は腕を前に出し、柔軟の格好を取っている。 しかし、意識は此処にはない。 多分また自分の及びも付かない速さで脳を働かせているようだ。 考え事をしている柳生はそれなりに優等生な表情を浮かべており、それは確かに綺麗な表情だった。 しかし、余り個人的には好きではない。 「実際わからないんです、とんでもなく、嫌いかもしれない」 「その方が納得しやすいの」 「じゃあ嫌いってことにしますか」 自嘲気味に彼は笑った。 しかしそんな言葉で片付けるにはまだ納得がいかないのだろう、彼は続ける。 「でも不可解じゃないですか」 「なにが」 「なんで嫌いな人といっしょにいるんですか私は。惰性ですか、習慣ですか」 「言い直したところで失礼なヤツじゃのう」 「矛盾してるじゃないですか」 「ああ、そうじゃ」 「だから、好きかも知れない、か」 その通り、と彼は頷いた。 自分も彼との関係を定義しようとすれば同じ回路を辿るに違いないと思った。 好きという感情を、「隣にいる」という理由だけで定義するのには確かに何か足りない気もする 運命論など尚更だ。 言葉での定義が出来ぬ一目ぼれなどで片付けようにも彼は頑として首をたてには振らないだろう。 寧ろ鼻で笑い飛ばす懸念もある。 しかし合理的な解決などあろうはずもない。 人間の心など矛盾の巣窟でしかないのだから。 勿論彼がその非合理性に気付かぬわけもない。 さすれば此れはただの戯れだろう。 答えなど期待していない、ただ疑問符の羅列も、彼との間では会話の一つの形態だった。 しかしいつもと内容は多少違っている。 彼は自分の内面を悟らせるような言葉は言わない。 珍しい、そう思い、揶揄するように言う。 「どうしたん、今日はやけに殊勝じゃ、柳生」 すると彼は緩く笑った。 人を小馬鹿にしたようなおよそ紳士とはお呼びもつかない、それでも仁王が好む笑みだった。 「今日が何日か思い出してみるといいですよ、仁王くん」 柔軟は終わり、そう言わんとするように柳生は立ち上がり、ジャージについた砂を払う。 そして仁王を気にするでもなく、ふらりと集団の中に混じっていく。 そこではいつもの紳士の面をかぶり、にこにことわらっていた。 それに仁王はため息をつく。 今日は詐欺師の専売特許の日の筈だ、知らぬはずがない。 (素直じゃないヤツ) April fools‘ low おおよそ彼が使ったのは四月一日という揮毫。 その揮毫は全ての言葉の意味を裏返しうる。 そして虚偽か真実の境界を消し去る。 そうその記号は真実さえも虚偽に変え、真偽の曖昧さに身をゆだねる。 そう、真実さえも。 さすればあれは真実か、はたまた虚偽か、断言することが叶わなければ彼にとって事足りるのだろう。 しかし、仁王は頬に緩く歪みを描く。 あれが嘘か本当か、それが分らぬほどにあの男との付き合いは短くない。 それを彼も承知はしているだろう、だが断言することは男のプライドに反するに違いがない。 故に四月一日、エイプリルフール。 動じた様子もなく、淡々と事務連絡を受け、コートに向かう男の背を見ながら、そっちがその気なら何かこちらとしても四月一日の記号を使ってやらねばなるまい、そう思う。 まだ四月一日が終わるまで優に六時間はある。 仁王は暮れ行く空を見上げながら、一人、笑みを模った。 ********* 書き終わって愕然としました。これ恥ずかしい!笑 一世一代の柳生の告白でした。照れて愛を語る紳士なんて気持ち悪くてしょうがない、私的にここが譲歩点。(本当にお前柳生が好きなのか・・・? |