たとえそれが短い期間であっても。
長い期間であったとしても。

退屈に殺されて

「よう今日俺が帰ってくるとわかったの?」
「だから別に会いにきたわけではないといったじゃないですか、貴方には耳が付いていないのですか」

夕暮れの住宅街を肩を並べ歩く。
人通りは多くない、買い物帰りの主婦やらそれに付き従う子供やら、部活帰りと思しき中学生もいる。
自分の肩には大きな旅行バックが下がっており、彼の肩には指定の鞄がかかっている。
そして彼の鞄の中には勉強道具は勿論、本が、入っていた。
図書館の帰りだと言う。
図書館ならおまえんちの近所にも学校にもあろう、といえば、貴方の家の方のにしか入ってない本なのですよ、と返された。
相変わらずだとため息が出る。

隣を行く男の横顔を眺める。
2cmの身長差。
伸びた背筋。
夕陽を透過する色素の薄い髪。
眼鏡の縁が弾く赤い光。
何も変わってなどいない、三日前と殆ど、いやまったくといっていいだろう、同一の柳生比呂士という人物だった。

携帯の着信に気が付いたのはつい先刻。
法事のために共に帰郷した家族に部活だと言い張り、終わり次第一人早く神奈川に帰ってきた。
駅を下り、明日から学校に復帰できることを伝えようと携帯を取り出せば其処に着信があった。
その男はいつも相当な用がない限り、連絡をよこさないその人だ。
それが今隣を行く、柳生という男だった。

「めずらしかね、めんどくさがりのお前が、態々逆方向の図書館に出むくんは。取り寄せてもらえばいいものを」
「いいじゃないですか、駄目ですか」
「構わんよ」

笑みを零せば、彼も口角を持ち上げた。

******************

帰り道にコンビ二により、適当に食料を調達した。
何度も行き来した道順を辿り、自分の家に連れて行った。
鞄の中の荷物は全て洗濯機に放り込み、適当に電源を入れておいた。
テレビをつけ、その前に陣取る。
片っ端から封を切り、思い思いに食べたいものを食べた。
夕陽は落ちていき、夜が世界を飲み込んでいく。
しかし、小さい箱のような家の中にいる二人にそんなことは関係がなかった。
いつものように。
ただ、隣に座り、それはけして馴れ合うようなものではなく、ただとなりにいる、それだけの意味しか持たない。
ただ、生きている時間を切り取り、共有する、それだけだ。
それは何ヶ月、あるいは出逢ったそのときから、変わらない、二人の時間の過ごし方だった。

勿論、四日前でさえそうだった。

テレビは断続的に人工的な光を吐き出し続けていた。
単調なテレビ番組は後方に流れ、ドラマも野球の試合も、同様に時間に埋没した。
今はニュースキャスターが再び今日の最後の仕上げにニュースを読み上げる。
特に大きなニュースはないらしい。
大臣の汚職に株価の変動、それに小さな事件が連なる。
彼はテレビには全く関心を払わず、徹頭徹尾読書へと時間を充てていた。
その背表紙には確かに仁王の家の近くにある図書館のラベルが貼られており、あながち彼の台詞もでたらめではなかったのだと知る。

ニュース番組が終わり映像が切り替わる。
風景を映したものだ。
先程までのキャスターの抑揚のない喋りが消え、小さく音楽が流れ映像が切り替わっていく。
今の季節がらの景色が浮かんでは消え浮かんでは消える。
色取り取りに描くその景色の色が切り替わるにつれて、かわるがわるにいろんな色が柳生の表情に映った。

眼を閉じ、この三日をなぞってみる。
交わした会話と相手をした人全てをゆっくりとなぞる。
そこに彼は存在しなかった。
感じた感情を全て洗い出してみる。
単調だった。
そう、敢えて名付けるのだとしたら其れは。
その感情の名は。
そして今も同様に感じている、それでも意味の違うその感情の名は。

眼を開け思考を排除する。
そして久しぶりに、声を発した。

「なあ、柳生」

集中を断ち切るように唐突に発した言葉に、左に座っていた男は反射的に顔をあげた。

「明日じゃいかんかったん」
「何が」
「図書館」
「今日じゃなくてはいけなかったっていって欲しいんですか」
「そんな殊勝な言葉期待しとらん」
「貴方だって」
「あ?」
「別に部活に熱心じゃないんですから、もっとゆっくりしてきたらよかったのに」

虚を突かれたような表情をしたのだろう、彼は静かに笑った。
彼はもう一度、活字に視線を落とした。

「ただ、退屈だったんですよ」

たいくつ。
そう彼は反芻するようにし、ああ確かに此れが相応しいですねと自嘲気味に笑った。

「厭味を言う相手が居らんかったからか」
「無粋ですね・・・まあ、そんなところですよ」

「じゃあ今退屈じゃないん?」

ふ、と彼は息を漏らすと唇を歪めた。


「退屈に決まっているでしょう?」


薄く、歪んでいる様に見える其れは確かに、笑みを模っている。
手の中にある文庫本、しかしそこに意識が落とされていないこともありありと感じられる。
昨日まで感じていた「退屈」と今感じている「退屈」が彼が感じていたもの、いるものと同一のものだということに仁王は気付く。
たった三日だというのに。
そのことに仁王は自嘲した。

「ああ、そうやね、退屈じゃ」

右手で彼の手から文庫本を奪い取り、床に投げた。
頁が折れる音に彼は非難を浴びせるために振り向いた。
間髪いれず彼のまだ緩く癖の残る髪に左手の指を差し入れ首筋に指を這わせ引き寄せる。
彼は嫌悪を顕著に表情に見せたが、それが表面上のものだということは百も承知だった。
彼の希望通りに、その表情を黙殺し、乱暴に口付けた。


混ざり合い解け消ゆ感情。


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復帰第一弾and二周年記念!(おまえ
またなんかひねくれた二人になってしまいました・・・どんどんひねくれて行くよこの子達。
三日間でも退屈で退屈で仕方ないんです。多分。
なんか全然言葉が足りないです・・・すいません。
頑張ってリハビリします。