念を押して確かめなくても。

the accomplices

校庭から響く生徒たちの喧騒から僅かに一線を引かれる校舎裏。
つい先日まで桃色だった情景はものの数日ですっかりと頼りない色とは言え、芽息吹いた緑に色を塗り替えられていた。
木の下の芝生には桃色に取って代わるように黄色い花が存在を誇示してはいたが、その華麗さは桃色とは似ても似つかないものだ。
校舎裏に人影はない。
履き慣れたとはまだ到底いえない綺麗に磨かれた革靴で、地面を踏みしめて歩く。
校庭ほどの明度は校舎裏には存在せず、少し薄暗く影が落ちている。
風化し、小さく亀裂の入った校舎も、当たる光によって圧迫感さえ感じさせる。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
桜の本数を軽く眼で追って数える。
十まで来た時、足を止めた。

木が一層に濃い影を落とす、其処には銀色の男が空を仰いで寝そべっていた。
だらしないくズボンから出され、第二ボタンまで外されたシャツ。
緩く、首にかけているだけといいたくなるようなネクタイ。
下足が義務づけられている場所なのに関わらず、足には踵が潰された上履きを履いている。
その底には、薄く、土がこびり付いていた。
そしてその表情は、広げられ、顔を覆う文庫本の下に隠され、窺うにはいたらなかった。

「ご苦労様です」

くぐもった声が、その下から発せられる。
誰かがこの場所にいればその声に、そして言葉遣いに違和感を覚えるだろう。
確かに、初めは慣れるのに時間が掛かった。
しかし、今では、日常の一区切りだとさえ、言える。

「授業は大変でしたか?」
「お前さんがあんだけ完璧なノート作ってくれとるんじゃ、造作もなか」
「貴方のためではないですけどね、評判落とされても困りますし」
「それにしても、よう何時間もあんな背筋伸ばしとって疲れんね?」
「貴方の姿勢が悪いからそう感じるのでしょう」

そういうと、彼は日を遮るのに使っていたのだろう、その文庫本を閉じ、にやりと笑った。

虚像を見下ろしているような錯覚に襲われる。
鏡で見るものと寸分も違わぬその姿に。
銀の髪は陽光に透けて輝き、気だるげに細める瞳も。
しかし、其れは彼にとっても同じだろうと思う。
彼は虚像を見上げている。
満足そうな、それでいて揶揄するような表情を崩しもせずに、だ。

「まったく」

笑みを浮かべる代わりに眉根を寄せ、ため息を吐いて見せた。
その表情は彼の表情を模倣で構成されているのだろう。
彼は眼を細め、満更でも無さそうに、微笑む。
普段は眉をしかめ、それでもって感情を表すくせに。

よく笑う。

一瞬、そう揶揄してやろうとして、やめた。
仁王くんはいつも良く、笑うではないですか、と軽くかわされるのが落ちだろう。
笑う柳生も嫌いではない。
元来自分のものである表情を盗み、笑う彼は嫌いではない。
いつも優等生の仮面の下で感情を抑えて暮らす中で見られる彼の僅かな感情の綻びが一番好きではある。
それでも。
枷から外れ、優雅に笑う彼も嫌いではない。
それは多少、感情表現に制限を加え、愛想笑いと浮かべ続けなくてはいけないという精神的苦痛を伴っても、構わないとさえ思う代物でもある。

だから、必要性を失った今でも時々誘う。

肩に担いできた二人分の荷物を芝生の上に下ろし、彼の隣に腰掛けた。
時折強く吹く風が、木々の影を乱し、ざわざわと音を立てる。
彼は隣でいつも自分がするように目を閉じていた。
木の影が彼に落ち、また白日の下に晒す。
空を仰ぐ。
軽く度の入った眼鏡は陽光を集めるのか、眩しい。
校舎裏に面したの窓は三つほど開いていて、そこから白い清潔そうなカーテンが零れでていた。
空を走る雲はまたこれもウンザリするほどに白い。
校舎を挟んだ反対側からは拡散された生徒の声が届く。
もう、部活の始まる時間だろう。
「柳生比呂士」は此処で小言の一つでもいって隣に寝そべる男を引き摺っていくのだろうが。

と、そこまで考えたその時だった。

いきなりネクタイが強い力で持って下方に引かれる。
咄嗟に視線を走らせると彼の手がネクタイを握っているのが見えた。
不意打ちの行動に、思わず体勢を崩し、彼の体の傍の地面に手を付く。
少し湿った草の感触。
指先に食い込む土の感覚。
自分の体が落とした影の中、自分の顔をした彼が薄く笑っているのが見える。
至近距離で合う視線。
無意識で寄ったのだろう、彼の目の中に映る自分は、盛大に眉をしかめていた。

「正解」

眉間に寄った皺を指で揉み解すようにし、彼は至近距離で笑った。
そして、彼が自分で寄せた彼のネクタイの皺をそっと直す。
不意打ちを見事に決めた彼は、いつも自分がする様にだろう、得意げに飄々と笑って見せた。
彼は忠実に、演じてみせる。
そのまま彼は、もう一度、何もなかったかのように空を仰ぐ。
そして満足そうに、目を伏せた。
影が、薄く頬に落ちる。

「ずるか」

非難を込め、吐き捨てる。
彼は一瞬目を開け、表情を窺ったのだろう、そしてもう一度、目を閉じた。

「仁王雅治ですから」

彼は得意げに言い放って見せた。
その彼の様子に、一瞬意表を突かれ、次の瞬間含み笑いが上がる。
そして虚空に自分がいつも如何であるかを思い描いてみる。
得意げな表情を彼によって打ち砕かれた時の表情を。
不透明とはいえ浮かんだそのビジョンをなぞって、留める。
彼はどう歪めるだろうか。
ある意味、一番その表情を把握しているだろう彼は。

「いや、お前は仁王雅治じゃなかよ、柳生」

彼が目を開き、怪訝そうにこっちを見やる。


「仁王雅治は其処でやめん」


そう言えば、彼は彼がいつもするように眉根を寄せ、その間違いに気が付いた様に感情表現を変えた。
その一瞬を見逃すはずはない。
彼がいつも見せる得意げな表情を模倣すれば、彼は肩を竦め、笑う。
口の端に、微かに引き攣りを残したままに。
「不正解」
そう、心で評価を下したが、そのアンバランスさを消してしまうのが惜しく、口を噤む。


「柳生」


彼が彼の名前を呼ぶ。
そして彼の細い指がもう一度、ネクタイに絡み付き、引き寄せられる。

初め言い出したのはどっちだったか。
プレイスタイルも利き手も外面も性格も。
全てを模倣するには相当の労力が必要だった。
それに対して、得たものがそれ以上だったかといえば、そうでもないとも思う。

それでも

日常の生活ではけして見えない、否消して見せない姿を。
彼の知らない彼を、自分の知らない自分を。
ある手段を用いることで僅かに、ほんの微かに垣間見ることの出来る、お互いだけが知るお互いの姿。
それは、周りを騙し、欺いて得るに相応しい。

それ故に続く、
共犯関係。




「珍しかね」

彼の指がさっきと同じように、ネクタイを滑り、皺を消していく。
眉をしかめて見せれば、彼は自分が促したくせにといわんばかりに、それでも楽しそうに笑った。





「今私は、仁王雅治ですから」





END**

*****

入れ替わり仁王柳生。
なんか、非現実感が漂いますが、得てしてそんなものだろう、と言い聞かせます(駄目じゃん
冒頭とタイトルは聴きながら書いたミスチルの「UFO」より。
あの曲聴いた瞬間にこれが浮かんで書き留めたまま放置していたのを発掘してきました!笑