結局。
いくらお金があろうが。
いくら時間があろうが。

モノクロ世界に極彩色の彩色を

日はすでに落ちていた。
人通りの少ない、闇で満たされた道に、ぽつぽつと灯る街灯の光。
頭上に広がるのは、星空で、月は上弦。
透き通った冬の夜空に付随するのは刺すような冷たい空気。
それの所為、だとは言わないが指先はすでに冷え切って、感覚がなかった。

この夜道で明瞭なのは、一歩先をいく、彼の銀色の髪だった。
他全ては、闇に呑まれ、存在感すら危うい。
重厚な造りの左右に立ち並んだ家々も、其処から迫出す手入れの行き届いた樹木も。
街灯の下に差し掛かれば、その銀色は一層に鮮明になり、光を弾くさまは太陽の下のものに遜色はない。
いや、いっそ、そちらのほうが劣る、というべきなのかもしれない。

コートのポケットに手を入れても温度はまったくといってもいいほどに戻らない。
寒さに少し背を丸め、学校指定のマフラーに顔を埋める。

街は静かだった。
物音一つない。
ただ聞こえるのは自分の呼吸音と足音、そして彼の足音。
自分たちが選んだとはいえこの沈黙がいけない。
余計に寒さを増長させる。
しかし、彼の言葉を投げかけるのは億劫であったし、大体は軽くあしらわれる。
有益な会話が成立しないならそれは意味がない、そして彼と会話する時は大体が無駄に思考回路を巡らされる。
疲労感を残すのならばそれはあえてする必要もないことだ。
それを互いに了承しているから、言葉が生まれないままに駅に着くのはざらだった。
それでも、それをわかっていながらも、彼と帰ることをよしとする自分に、少なからず自嘲する。

しかし、今日は違った。

「なあ」

駅までの行程の半分ほどを消化した時だろうか、不意に前から言葉が投げかけられた。
顔をあげたが、視線は合わなかった。
ただ、少し彼が歩行スピードを落としているところを見る限り、会話を望んでいるのは明白だった。
隣に並び、億劫だ、そう思いため息を吐く。
彼はそれを軽く無視した。

「何処か行くん」
「誰とですか」

「丸井と」

突然引き出されてきた名前に一瞬反応が遅れる。
一瞬考え、部活の時の会話をさしているのだということに思い当たった。
『今週の日曜日だからな、忘れんなよ』
そういったあの赤毛の幼馴染。
そして手渡されたテニスの試合の観覧チケット。
『私が約束を忘れるわけがないじゃないですか』
そう、笑みを返した自分。

「ああ、誘われましたから」

さらりと返してやると、彼はため息を吐いた。
その呼気は、白く姿を変える。
その横顔は、呆れた、といいたげに、視線を足元に落とす。

「めずらしかね」
「そうですか?」
「お前、外出るの嫌いじゃろう」
「まあ・・・好みませんけどね、引きこもりって程ではないですよ」

そういうと、彼は訝しげにこっちに視線を起こした。

「でもお前、俺が誘っても何処にも行かんじゃろう?」
「ああ、そういうことですか」

「貴方とは出掛けたくないからです、だから意図的に」

ふと、彼の足が止まった。
一歩遅れた彼を振り返ると酷く憮然とした表情で、視線を寄越してくる。
それに、わざと笑みで促すと、彼は足取り荒く、再び隣に並んだ。

「意味わからん、何で」

苛立ちを彼は隠さなかった。
それは嫉妬とかそういう醜い感情ではないだろう。
彼はそういう感情は一切抱かない。
純粋に興味でしか動かないように出来ている。
そうならば投げかけてくる感情は純粋な苛立ちであろう。
後悔した。
一瞬、誤魔化してしまおうか、そう思ったが、それは無意味だろうと思い直す。
誤魔化したところで、何が変わるとも思えなかった。

「貴方とは何処にも行けないからですよ」

酷く優しい口調になったのは否めなかった。
強い語気で言うのには、きっと耐えられなかっただろう。

「つれないこというのう」

彼は笑った。
それに自分の眉根が寄るのを感じた。

「つれない?事実でしょう?」

ため息とともに吐き出した。
言葉は、白く色を変える。
足取りは緩めない。
駅まで続く、この暗い道。

丁度暗闇の一層濃くなったところに差し掛かる。
街灯と街灯の間、その狭間。

そのとき乱暴に腕を引かれた。

壁に背中を押し当てられ、そのまま塞がれる言葉。
一瞬、頭の芯を酷く揺さぶられる錯覚に陥る。
数瞬、その錯覚に身を委ね、その次には意識は冴える。
反射的に道の入り口から出口を見やる。
闇に沈んだ街の景色の何処にも人影はない。
それに少なからず安堵する自分がいた。
そんな自分に気付いたのだろう、鬱陶しそうに彼は離れると、誰もこんよ、と呟いた。
それもその筈だ、そのためにこの道を選んで帰っている。

「そうですね」

流された感情に、表情が多少揺れたのかもしれない。
闇の中、陰影が深く刻まれた彼は、少し眉根を寄せ、ため息を吐いた。
苦笑して見せれば、もう一度、腕が伸ばされた。
しかし今度は、その手は首に回され、そのまま引き寄せられる。
彼の体躯に納まる自分の体と、首筋に当てられた彼の体温。
同じように頬は冷え切り、指先も凍るようだ。
手を、彼の背中に回すか否か、一瞬逡巡した後、結局それを下ろした。

きっと、今彼に縋ってしまえば、何とか強引に支え続けたものが、折れてしまうような気がした。

襲われた感傷に、流されるほどに愚かではない。
息をつき、肺に冷たい空気を強引に流し込めば少し心のざわめきはなりを潜める。

「結局、こうやって・・・暗いところを選ばなくてはいけないではないですか、違いますか?仁王くん」

Please tell me?
T just wanna know、how far we can go?

そんなの決まっている。

Everywhere?
no
We cannot go anywhere

彼との関係を選んだことを後悔しているわけではない。
まして、恥じているのとも違う。
誰かに知られた時には、きっと誤魔化すことすらしないに違いない。

それでも結局自分たちは社会に逆行している、とはずっと感じ続けてはいる。
それ故にこのように、わざと暗闇を選んで下校してさえいるのだ。
極彩色の街の色は、酷く眩しい。
だからその気持ちを敢えて強くするように、そのような場所にわざわざ行く必要性はない。
否、行きたくはない。
いくら財力があろうが、時間があろうが。
それをしらしめられるだけならば、寧ろそれに傷付くのが目に見えているのなら、きっと気丈に見えるだろうでも臆病な自分は。
そして、彼は。


何処にも行けない。


ああでも、と彼の肩越しに見える景色にふと思う。
彼に触れていれさえいれば特別出掛けることがなくても何処でも。
あの、汚い自分の部屋でも、整然とした彼の部屋でも。
ロッカーだけが壁にある、部室の中でも、暗闇に沈んだあの教室という箱の中でも。
そして、ただこの暗闇でさえ色を持つのだと。
回された腕を感じながら一人思う。




たとえ、そう、これが他人から見ればただのモノクロの景色だとしても。




end・・・。

*****
スライディングセ―――フ!!!(頭から突っ込んでみるホームベース
でも・・・うっわ!!!!なんなんだこれ・・・溜息
お出掛けする仁王柳生かいてなかったな・・・てか書く気あんまないなと思ってこじつけてみた。
そうはいっても気分屋な私は気が向けばこの話無視して普通に書く気がします。
今更ですが、此のサイトの仁王柳生に一貫性はないです。(敢えて言っておきます・・・ってほんと今更!!
二月八日。
私が一年で一番どうにかしたかった日なのにな。
適当すぎる↓↓そして・・・ぎりぎりすぎる・・・。