特別な日など必要ない ただ流れ落ちていく日々と、その延長にあるものだけを。 |
IN THE BLACK BOX |
「まだいらっしゃたんですか」 窓際にある人影に声をかけた。 窓の外には濃度の濃い闇が見えた。 テスト前の放課後ということもあり、校内も校庭も閑散としていた。 廊下も教室も電気が全て落ちており、いつもならこの時間もまだ、煌々とついているはずの校庭の電気も、一筋としてなかった。 そしてこの教室もその例外ではない。 唯一、光といえるものは、校門の先にある、街の小さな明かりだろうか。 彼は、窓際の柳生の机の上に腰掛け、足を椅子の上に投げ出していた。 外の微かな光に、彼自慢の銀色の髪が時折、輝く。 その様子を見、不覚にも綺麗だと一瞬思った。 「まっとってあげたんよ、感謝しんしゃい」 「それは、どうも有り難う御座います」 窓際に歩を進める。 仁王はじっと窓の外を眺めていた。 そこに何かあるのかと一瞬視線を向けたが、ただ闇が果てしなく広がっているだけだ。 「よかったんですか、こんな遅くまで」 「ん・・・特に用事はないし、勉強する気もなかったんよ」 「それに」 「今日誕生日なんじゃろう?」 「ええ。一応」 すこし面食らった。 仁王はたいてい柳生のことに外面の経歴やプロフィールに興味は示さない。 そして今まで共に過ごしてきたただ流れ落ちていく毎日に意味をつけたことすらなかった。 全ての日が、同等の意味を持ち、特別などない日々を。 誕生日も、クリスマスも。 ただ、流れ落ちていく日々の共有。 それがただ、隣にいる意味。 「珍しいですね、そういう事を気にするのは」 「丸井に言われたんよ、今日は柳生の誕生日だってな」 「ああ、なるほど」 誕生日。 毎年繰り返される大して意味のないだろう行事。 仕事の忙しい両親は、子供の誕生日だけは休みを取ってはくれてはいるが。 もうそれもどうでもいいとさえおもう。 何が食べたいとか何が欲しいとか聞かれても曖昧に微笑むことでしか返答できない自分は。 それはそれで鬱陶しい。 それでも本当に欲しいものなどは何も無いというのに。 すこし降りた沈黙に。 仁王は非難の色を感じ取ったのだろう。 柳生に視線を走らすと憮然とした声で沈黙を破った。 「何もあげんよ、俺は」 「始めから期待はしてませんよ、覚えているとも、思っていませんでしたし」 「それに」 「欲しいものなんて、特にない」 断じるような言葉になってしまったと一瞬思う。 仁王は一瞬、その語気の強さに驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに、いつもの飄々とした表情に戻した。 欲しいものなんて何もない。 ただ、ただただ、壊れたように享受し続けるだけだ。 毎日の延長線上に生まれるそれを。 与えられるそれを。 ずっとずっと。 強いて言うとすれば。 それを享受し続ける資格が唯一のそれか。 ずうっと。 苦笑した。 自分も相当どうしようもない。 「帰りましょうか」 「ああ」 闇に沈んだ教室の出口の先。 微かな光の見える廊下へと足先を向ける。 「なあ」 腕をとられた。 冷たく乾いた手に、確かな力で拘束される。 優しさの欠片もない、ただの力でもって。 ぎぎと、椅子が引き摺られる音が、音のない校舎に一瞬、高らかに響いた。 そして消される断絶。 それにもう驚く事など、喜びを感じる事などすでになかった。 ただ、乾きを覚え、同時に満たされる錯覚に襲われるだけ。 嗅ぎ慣れた彼の匂いと、そして共有する、あの、煙草の味に。 「柳生」 一連の、もうそれも日々の延長といっていいそれを終えた後、耳元に彼は口を寄せ、呟く。 誰にも聞こえないように、低い声で。 「誕生日おめでとう」 下らない言葉だ。 有触れた陳腐で捻のない、情もかけらとない、そんな言葉だった。 それでもそれは、今まで与えられたそれの中で唯一の意味を帯びる。 だからこそ。 そうだからこそ。 圧倒的なのだろう。 きっと。 それは消して形に残るものでもなければ、むしろ具現し、目にする事の出来る物でもないけれど。 誰にも、そして自分にも、同時に彼にもそれを証明する事すら不可能といえるそれであるけれど。 確かに。 確かにそれは。 既に幾重にもがんじがらめに巻き付けられた鎖に南京錠を掛けるが如く。 重く、重厚な鍵でもって、がちりと錠を落とされるが如く。 そして己はそれを破毀せずに。 ただ。 享受し続ける。 彼が差し出す唯一の物として。 自分に差し出された唯一のそれとして。 其処に喜びも、拒絶もなく、ただただ。 唯一、それだけを。 「ありがとうございます」 ああ、もうどうしょうもない。 そう思っているくせに だからこそ何もしようとは思わない自分に。 柳生は自嘲した。 Happy Birthday!! *END* ハッピーバースデイ柳生。 |