春風に舞い上げられれば何処まで飛べるだろうか。 いや、飛ばせはしない。 一人でなんて飛ばしてやるものか。 |
蒲公英と紫煙と拘束 |
毎年望まなくとも巡りゆく時間と季節。 そしてまた遭遇する春。 別れと出会いが繰り返されていく季節がまた今年も舞込んでくる。 しかし、中学から高校への変化も一貫校に通う仁王たちにとって見ればそれは過ぎ行く時間でしかない。 高校の校門を潜って、これから自分がまた走り回るだろうテニスコートに差し掛かる。 人の居ないコートは静かではらはらと桜の花弁が舞っていた。 仁王は自分が立つであろう場所に目を注ぎ、頬に笑みを侍らせた。 「何をニヤニヤしているのですか?気持ち悪い」 声の主は確認するでもない、わかっている。 そして表情すら手に取るようにわかる。 「嬉しいことがあった、そしたら笑う、当然だろ?」 踵を返し、彼の元へと歩を寄せる。 植え込みの影、黄色い絨毯にその華奢な体躯を投げ、指先で花を弄る彼の元へと行く。 退屈そうな気だるそうな表情は学校にいる間には見せない彼の素の表情だ。 「花を弄ってるお前も十分気持ち悪か」 「どうも」 ふつと茎を絶ち、それを仁王に投げつける。 しかしそれは仁王の髪を掠め、後方にと落ちる。 色素の薄い髪は蒲公英の群生を縫うように広がり、そこに埋もれる柳生はどうも現実味がなかった。 仁王は眼鏡の奥から仁王を見上げる柳生の視線と自己のを絡ませたままに、彼との会話を続ける。 彼が自分を見上げるときは大体が会話を望むときであるから。 「お前に黄色は似合わん、白のほうが似合う」 「それは綿毛になった蒲公英を指しますか?あなたの隣にいる私を指しますか?」 「両方」 笑いかければ柳生はその眉をまた顰めた。 時折見せる柔らかい表情も好きだが、こういう苦々しい表情も好きだと仁王は内心ほくそえむ。 緩やかに春の時間が流れゆく。 桜の弁が風に誘われ空を舞い、青空に淡い桃色を滲ませる。 時折間に流れていく花弁で視線は途切れたが、しかしまた繋ぎ合わせる。 暫くそのままに見つめあい、チャイムが空に吸われた頃、仁王が口を開いた。 「お前さんと俺、また違うクラス」 「そうですか」 「中学校んとき一緒だった学級委員の女子、名前なかったけど?」 「外部受験したんではないですか?」 しれと柳生は言い放った 言葉の端に迷いはなかったが、少し表情に迷いが見て取れた 「そういえば、柳に柳生はもしかしたらするかも言われたけど?」 「ああ・・・まあ・・・考えはしましたけど・・・また友人関係を一から築くのは面倒くさいので」 「そういうもん・・・か?」 「ええ」 「でも、夢の実現に最短距離を行くのが受験のセオリーじゃろ?」 柳生はふつりと言葉を切って 「学校とは蒲公英のようです、自己を咲かせて、成長、成熟させ、そして自立していく」 ふつりとまた柳生は花を手折った そして今度は掌で花を握りつぶした 手を開けばばらばらと黄色い花が散る 「もう私たちは誰だってここから飛び立てる、でも飛び立つのが三年後か今かというだけの話ですよ」 三年後、と仁王は小さく口の中で呟いてみる。 三年経てば自分も彼もここから確かに飛び立たなくてはいけないのだろう。 春という季節に則った、確かな別れと出会い。 柳生の薄い笑みを浮かべた表情を見やる。 彼は風に乗れば何処まででも飛んでしまう気がした 誰かが離れるのを嫌がり手繰り寄せようとする手も振り切って己を高く、遠くまで連れて行く風だけを選び取る。 そしてたどり着いた地の立地条件がどんなに悪かろうがそこに適応して簡単に生きていくのだろうと思った。 表情を変え、性質を変え、今じゃない自分に変えてでも彼は簡単に生きていくだろうと仁王は思った。 形を変え、伸びる方向を変え、賢く、逞しく生きるために、彼は簡単に、 そして自分の知らないそれになるのだろう。 そして仁王の知らない表情で仁王の知らない人間に微笑みかけるのだ。 柳生は体を起こし、制服に付いた花弁と芝生と土を丁寧に掌で払い落とした。 一つ一つきちとしたその身のこなしも逢った時と寸分も違わなかった。 始め、お互いに友達がいなかったがために寄り添って、暇をお互いに潰すようになって、 何時からだろうか、遠くない将来、自分から離れていく彼に対して焦燥と恐怖を感じるようになったのは。 彼はその、紳士的な態度でさえ変えてしまうのだろうか。 自分に見せる全ての表情は大衆一般に見せるそれと同じものになるのだろうか。 「お前は嫌な奴」 仁王は柳生の隣に腰を下ろし、深くため息をついた。 柳生は仁王の思考を見抜けなかったのだろう、不思議そうな表情を仁王に向ける。 仁王はその視線を全て無視し、左の胸ポケットから箱を取り出す。 そしていつものようにマッチを一本擦り、火を移した。 紫の煙がゆっくりと大気中に立ち昇る。 柳生は仁王が煙草を吸うときはたいてい何か苛立つ事があったときだということを了解している。 しかし、干渉することはしない。 そして咎めることもしない。 それはストレスの矛先に自分が向けられるのを回避するためか、それとも特に関心がないのか定かではなかったが。 柳生は暫く煙草を吸う仁王の横顔を言葉もなく見つめていたが、仁王が二本目に火を付けるのを見ると緩く息をもらした。 どうやら微笑んだようだと仁王は思った。 「いいんですか?入学式に?」 「同罪だろ?もう始まってる」 「そうですね」 柳生は仁王の左の胸ポケットに手を伸ばし、一本を抜き取ると仁王に顔を寄せ、煙草の先から火を移す。 その手つきに迷いも恐れもただなく、慣れだけがある。 何度目になるだろう、こうやって煙草を二人で吸うのは。 仁王は一瞬数えてみようとしたが面倒くさくなってやめた。 ただ、はじめに冗談半分で誘ったのは自分だということは確かに記憶にある。 じりと焦げる匂いと共にもうひとつ、紫煙が立ち昇る。 柳生は満足そうに二回ほど、深く息を吸い込み、吐いた。 お互い、鼻に慣れた匂いが空間を漂う。 少し、時間の経過が遅くなった気がした。 仁王は何度も彼が煙草を吸えば時間は止まるのではないかと一瞬思案する。 そうしたら、三年後のことなど考える必要もなくなるのにと。 そんな仁王の思案顔から彼は何かを読み取ったのか薄く、声を上げて笑う。 「心配しなくて良い」 「なにが」 「あなたの許可なしにいなくなったりしませんよ」 仁王が眼を見開けば優雅に吸っていた煙草を揉み消し、ゆるりと優しい笑顔を柳生は浮かべた。 「何が」 「違うならいい」 立ち上がり視界から去りそうになる彼の腕を引けばほら、と得意げに微笑む。 「忘れるなよ、その言葉」 「ゆめゆめ肝に銘じておきますよ」 さらりと流れる風に眼を細める彼を拘束する。 ゆるりと鼻先を掠める煙草の匂いが自分のと同じである事に微かに喜びを仁王は感じた。 白と紫煙に埋もれる彼を静かに繋ぎとめて・・・ *end* ***** これ仁王柳生か??なんかラストで無理やり・・・感が漂いまくりです。 仁王は心配性だと良い。意外に将来に対して不安だらけだと良い。 柳生が将来にすら執着がないから余計に心配になっちゃってたら良い。 ・・・なんなんだ私は。 入学式なんてとっくに終わったんですがタグ打ち損ねてこんなに遅くなりました。 桜も散ってしまって桜大好きなライカは悲しい限りです・・・。 |